滝本秀隆 短編小説シリーズ 第1作「煽りの真相」

僕の親友である滝本秀隆さんが、多くの短編小説を書いています。今まで未公開でしたが、僕のホームページを通じて公開することになりました。多くの作品がありますので、一遍ずつアップしてまいります。

煽りの真相

「黒のレヴォーグ、ナンバーは5648か。殺し屋にふさわしいナンバーだが、バレバレだな」男は広いモールの駐車場で、指定されたクルマを探した。
 ようやくクルマを見つけると、運転席側のウィンドウをノックした。ウィンドウが音もなく下がった。
「澤井さんか?クルマに乗るんだ」
 くぐもった男の声が聞こえた。澤井と呼ばれた男は助手席に乗り込んだ。運転席に座る男は、黒いハットに濃いサングラス姿で、素顔はよく分からない。
「澤井俊治といいます。この度は、よろしくお願いします」
「黒木です。どのような依頼でしょうか?」
「来月、刑務所から出所する男を消してもらいたい。男の名前は、宮本岳志。私の妻と子供を殺した憎き男です」
「ふむ。どのような事件だったのですか?」
「あおり運転です。7年前、軽自動車を運転していた妻は後から来たクルマに煽られたあげく、ハンドル操作を誤り、対向車と正面衝突しました。煽った男は過失運転致死傷罪で逮捕されましたが、7年足らずの懲役で出てくるとは、到底納得できません。私はあの男が消えて無くならない限り、一生無念が晴れないのです」
「なるほど。それで、男を殺したいと。どのような方法を希望されますか?」
「自然な事故に見せかけてほしい」
「一番難しい方法ですな。まあいいでしょう。報酬は1千万円。前金は500万円です」
「ここに持ってきています。それから、これは宮本に関する資料です」
 澤井は封筒に入った金と資料を殺し屋に渡した。
「仕事はターゲットが出所したら、ひと月以内に完了します」
「そうですか。よろしくお願いします」

 黒木はどんな殺人依頼を受けても、自分が納得できない限り仕事をすることはない。
 殺人依頼の対象である宮本が刑務所から出てくると、まず黒木は宮本の担当保護司を訪ねた。
「私はこういう者です。最近出所された、宮本さんについてお話を伺いたいのですが」
 黒木は黒木探偵事務所というニセの名刺を渡した。
「探偵さんですか。私も話せることと、話せないことがありますが。宮本は、罪を犯しましたが、もう刑期も務め終えました。これからは真面目な人生を歩むと思いますよ」
「宮本さんがもともとどのような人間だったのかを知りたいのです。以前から粗暴な性格だったのか、すぐにキレやすい人間だったのか?」
「宮本さんは 、 私の知る限り、知的で穏やかな性格の人です。あのような事件を起こす人間とは、到底考えられません」
「普段は真面目で穏やかと思われていた人が、クルマに乗ると人が変わったような運転をする人もいますよ」
「それは知っています。しかし、彼に限っては、こういっちゃ何ですがとても臆病者なんです。自らトラブルを起こすようなことは絶対にありませんよ」
「そうですか。いや、とても参考になりました」

 宮本が本当にあおり事件を起こすような男なのか?強い疑念を抱いた黒木は、今度は直接本人に会って話を聞くことにした。宮本が住むアパートは、保護司から住所を聞き出していた。
「宮本さんですね。私はこういう者です。少しお話を伺いたいのですが」
「探偵事務所? 何の話を聞きたいのですか?」
「あなたが7年前に起訴された、あおり運転のことで詳しい話を聞きたいのです」
「仕方ないな。入ってください」
「お邪魔します」
 部屋に上がったが、家具らしい物は何も無かった。
「事件のことを、率直に話していただけますか。あなたは7年前、どうしてあおり運転をしたのですか?」
「警察の取り調べでも、何度も話しましたが。あの日私は、後から来たクルマに煽られていたのです。私の前を走っていた軽自動車の速度が遅く、私もペースダウンしました。すると、私の後を走っていたクルマがイラつき、煽るように迫ってきました。仕方なく、私も前を走っていたクルマとの車間を詰めてしまった。それがあのような悲惨な結果を招きました」
「あなたも煽られていた!? ということは、あなたを煽っていたクルマにも責任があるということですね!」
「しかし、その話は警察も検察も信じてくれませんでした。今みたいにクルマにはドライブレコーダーもついていませんしね。証拠も目撃者も無く、どうしようもありませんでした」
「ふ〜む。後から煽られたクルマの車種は覚えていますか?」
「はっきり覚えていますよ。シルバーのポルシェです」
「その時、宮本さんが乗っていたクルマは何ですか?」 
「黒のハリアーです」
「なるほど。軽自動車を運転していた女性は、後から迫って来た大型のSUVに恐怖を感じたでしょうね」
「そうだと思います。私がたとえ煽られていたとしても、ふたりの命を間接的に奪った事実は変わりません。私は一生贖罪をする覚悟で生きていきます」
「どうもありがとうございました」
 この事件には、裏に大きな罠が隠されている! 黒木は本能的に何かがあると感じ取った。
 宮本がさらに後から煽られたというクルマ。それを突き止める必要がある。黒木は自身のネットワークを駆使してポルシェの捜索にあたった。

 2週間後、宮本を煽ったらしいポルシェを見つけた、と仲間から連絡が入った。ポルシェのドライバーは、依頼者の澤井が住む隣のT市で飲食店チェーンの社長をしていた。 
 居所を掴んだ黒木は、ポルシェの男をピタリとマークした。男は毎日、自宅から10キロ離れた店までクルマで通勤している。数日ポルシェを尾行して分かったのは、運転がとても乱暴なことだった。前を走るクルマが少しでも遅かったら、極端に車間を詰め、煽る。最悪のドライバーだ。宮本が煽られたドライバーに間違いなかった。こんな男を野放しにしておくと、また第二、第三の犠牲者が出るに違いない。神の鉄槌を受けるのは、宮本ではなく、ポルシェの男だ。

 黒木は、仲間に盗難車の大型ダンプカーを用意させた。そして、ダンプカーの後部にちょっとした細工をした。決行の日、黒木はポルシェの男が家から出て来るのを早朝からダンプに乗って張り込んでいた。
 午前6時半、男がクルマに乗り込み、出発した。ダンプもすぐにポルシェの後へ続いた。
少し走って、片側2車線ある国道へと入った。早朝なのでまだ道路は走っているクルマが少ない。
「今だ!」黒木は思い切りダンプを加速させ、強引にポルシェを追い越した。案の定、ポルシェは怒り狂ったようにダンプに接近し、煽ってきた。
「もっともっと煽ってこい!」黒木はアクセルが抜けるほどペダルを踏み込んだ。速度は100キロを超えた。ポルシェも遅れることなく、ギリギリダンプとの車間を詰め、怒りのパッシングを繰り出している。
 次に黒木は、ダンプのブレーキペダルを抜けるほど強く踏み込んだ。急減速したダンプの後部に、たまらずポルシェが激突。あっと言う間に炎に包まれた。黒木はダンプのリアに衝撃があるとガソリンが噴出する細工をしていたのだ。ポルシェはダンプの荷台の下にめり込み、車体は炎の塊となっていた。運転手は、まず助からないだろう。
 やじ馬が集まる前に黒木はダンプからこっそりと降り、近くに用意していたクルマに乗って現場から消え去った。

 黒木は依頼者の澤井に報告を入れた。
「無事仕事は完了しました」
「それは良かった。これでやっと私も溜飲が下がるというものだ」
「しかし、私が始末したのは宮本ではありませんよ」
「どういうことだ! いったい、誰を始末したというのだ?」
「あなたの奥様と子供を殺した、真の犯人です。本当は宮本さんも被害者だったのです。残念ながら警察も検察も事件の真相を暴くことが出来なかった。あの日、宮本さんは後から来たクルマに煽られたため、奥様のクルマとの車間を詰め、奥様が運転を誤ったのです。宮本さんを煽った男は、また煽り運転をしたあげく、あの世へ行きました。本望というべきでしょう。派手に火災を起こした自動車事故は、今日の新聞に載っていますよ」

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