滝本秀隆 短編小説シリーズ 第10作 「依頼人の謎」

依頼人の謎
 
 見事解決(みごとかいけつ)探偵事務所は、今日も見事に閑古鳥が鳴いていた。
 所長の私は昼食後、いつものようにソファで昼寝を決め込もうと思っていた矢先、訪問者が現れた。
 事務所のドアを開け、入ってきたのは隙なくスーツを着こなした営業マン風の男だ。
「ここは探偵事務所ですよ。部屋をお間違えでは?」
 私は飛び込みセールスマンを追い払うべく、冷ややかな言葉をかけた。
「いえ、仕事の依頼で伺ったのですが」
「こ、これは失礼しました。こちらへどうぞ。輪戸損君、お茶の用意だ!」
 依頼人を応接室に案内し、あらためて私は依頼人の容姿を観察した。年齢は35歳くらいか。髪型は七三に分け、端正な顔立ち。地味だが仕立ての良いスーツ、良く磨かれた靴などを見ると、一流企業に勤めているようだ。年収は800万というところか。
 アシスタントの輪戸損菜乃(ワトソンなの)がお茶を運んできたところで、私は自己紹介した。
「私が見事探偵事務所所長の見事解決です。それでは、ご依頼をお聞きしましょう」
「高野正和と申します。このところ、妻の様子がおかしくて。浮気をしているのではないか、と疑っているのです」
「なるほど。ちなみに結婚されて何年になりますか?」
「5年になります。子供はいません」
「奥様は仕事をされていますか?」
「いえ、専業主婦です」
「高野様のお仕事は?」
「M商事の営業をしております」
 同席した菜乃は、依頼者が話した内容をパソコンに打ち込んでいく。
「それで、奥様の様子がおかしいというのは、具体的にどのような?」
「3ヶ月くらい前から、まず妻の服装が変わりました。以前はブランド系のトレンドファッションが中心だったのが、綿や麻素材の自然派ファッションに変わっていったのです。さらに妻が聞いている音楽も、クラシックからハードロックやプログレッシブロックへと変わりました」
「なるほど。服装や趣味が変わるのは、付き合っている異性の影響が大きいものです。奥様が携帯やメールで連絡を取り合っているということは?」
「夫婦間でもプライベートは大切にしたいと思っているので、スマホを盗み見したりはしません。なので、そういう具体的な証拠は掴んでいませんが、私が出張に出たり残業の時は必ず事前に妻に伝えています。そういう時に相手と逢っているのではないでしょうか」

 ひと月後。私達は高野氏から依頼のあった妻を尾行調査し、決定的な場面を掴んだ。
「奥様の行動を動画で撮影しました。ご覧ください」
 パソコンのモニター映像は、喫茶店の店内から始まった。ひとりでコーヒーを飲んでいる女性。高野の妻だ。そこに、後から店に入ってきた男が妻のテーブルにやってきた。男は、肩まである長髪に濃いサングラス。派手なプリントのTシャツにダメージジーンズ。年齢はよく分からないが、その風貌はミュージシャンかアーティスト、あるいはサーファーのようにも見える。
 男と妻は楽しげに話している。
ふたりが店を出ると、画面が変わった。
 タクシーを後ろから追う映像。某ホテルの玄関で止まり、ふたりが降りた。ふたりが吸い込まれるようにホテルに入ったところで、映像が止まった。
 動画を見て、高野はため息をついた。
「この男性に心当たりはありませんか?」私は高野に聞いた。
「いえ、全く。しかし、私とは全然違うタイプの自由人のような男に妻が惹かれるのは、なんとなく分かります」
「高野さん、この動画だけでも奥様の浮気現場を捉えた証拠になりますが、まだ調査を続行されますか?」
「いいえ、もう十分です。どうもお世話になりました」

 依頼人は調査費用を精算し、報告書と証拠映像のメモリーを受け取ると、がっくりと肩を落として事務所を後にした。
 依頼人が去った後も、菜乃はパソコンの動画に見入っている。
「輪戸損君、どうかしたのかね?」
「所長、ちょっとこれを見てください! 先程の依頼人の奥様の映像で、喫茶店の店内のシーンです。長髪の男が、メニューを見る時にサングラスを外します」
「それで?」
「サングラスを外した男の顔をアップしますので、良く見てください」
「こ、これは! !依頼人の高野氏じゃないか! いったいどういうことだ!?」
「私も不思議に思いました。考えられるのは、高野氏に双子の兄弟がいるか、瓜二つの顔の別人がいるのかです」
「う〜む。依頼人の仕事は完了したが、このミステリーはどういうことなのか、ぜひ突き止めねば」
「双子の兄弟がいるのかどうかは、高野氏に聞けば、すぐに分かりますね」
「そうだな。君から連絡してくれたまえ。くれぐれも、ビデオ映像に高野氏そっくりの人間が映っていたことは伏せてな」
 この謎を最も手っ取り早く解き明かすには、高野氏の妻に直接話を聞くことだ。長髪の男を見つけ出し、素性を調べることもできるが、無駄に手間と費用がかかる。 
 携帯で話していた菜乃がこちらを振り向いた。
「所長! 高野氏と連絡がつきました!高野氏に兄弟はいないそうです」
「そうか。高野氏の奥様にこっそりコンタクトを取るとしよう」

 数日後、私は高野氏には知られず奥様と会う約束に成功した。探偵事務所の者だと言うと最初は警戒されたが、ご主人のことで重要な話がある、と説得した。会うのは買い物の途中なら、ということなのでスーパーマーケット横にあるスターバックスで待ち合わせをした。
「本当は奥様にこういう映像を見せるのは、ルール違反なのですが」と前置きして、私は隠し撮りした映像をパソコンで見せた。
「この長髪の男性は誰なんです? 見たところ、ご主人そっくりに見えるんですがね」
 高野の妻は自分達が隠し撮りされていたことに驚いていたが、やがて観念したかのように口を開いた。
「彼は・・・主人なんです。高野正和です」
「ええっ!?どういうことなんです? 私達はご主人から浮気調査の依頼を受けて、この隠し撮りを行なった。そしてご主人にこの映像を見せたら、ショックを受けていたんですよ!」
「主人は・・・解離性同一性障害、いわゆる多重人格なのです」
「!!それでは、長髪の男性もご主人で、ご主人はそんな男は全く知らない、ということなんですね!」
「その通りです。主人はこのところ仕事でトラブルやクレーム処理が続き、ストレスを抱えていました。そこで、別人格の自分を作ることによって、精神的なバランスを取るようになったのです。主人は日頃堅い仕事をしていますが、以前から潜在的にロックミュージシャンに憧れていました。それが3ヶ月前に、現実に別人格の自分として現れました」
「う〜む」さすがに私も呆れて、一瞬茫然とした。

「別人格のご主人とはどのように知り合ったのですか?」
「昨年10月の末頃です。街を歩いていたら、いきなり長髪、ジーパンの男が現れ、お嬢様、もしお暇ならお茶でも、と声をかけてきたのです」
「ナンパしてきたのですね」
「そうです。でも、顔を見たらすぐに主人と分かりましたし、ちょうどハロウィンの時期でしたから変装をして、私を驚かそうとしたのだと思いました」
「なるほど。当然そう思うでしょうね」
「そして、長髪の主人とカフェに行き、話をしました。でも、すぐに主人の様子がおかしいことに気がつきました。自分の名前はジョージ高橋で、ヘヴィメタルバンドのヴォーカルをやっていると、真顔で言うのです。私は、すぐに主人が解離性同一性障害を起こしているのだ、と気付きました。私は別人格の主人に話を合わせ、その後も何度か誘われ、密会を重ねたのです」
「それで、長髪のご主人と会っているうちにホテルにも行ったと」
「そういう時もありました」
 と、その時トレンチコートを着た男が店内に入ってきた。
 ズカズカと私達の前に来ると、「高野美香、こんなところに居たのか! 私はCIA日本支局のエドワード沢木だ。あなたは、ある組織から狙われている。すぐに逃げないと危険だ!」と捲し立て、高野の妻の腕を掴んだ。
 トレンチコートの男は、高野だった。私はもう驚くこともなかった。
「今度はスパイになったみたいだけれど、大丈夫ですから」
 高野の妻は、私の耳元で囁いた。
「すぐに追っ手がここにやって来るぞ! 一緒に来るんだ!」
 高野と妻は、手をつないでバタバタと店を出て行った。

 私は携帯電話で事務所に連絡を入れた。
「見事だ。高野氏の件は、見事解決したので、今から戻る」
「所長! 解決したって、どういうことです? 長髪の男は誰なんです!?」
「それは事務所に戻って、ゆっくり説明するよ。私も誰か別人になりたい」
「えっ!? 所長、何か言いました?」
「いや、何も言っとらんよ。戻ったら、昼寝をするぞ!」

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