滝本秀隆 短編小説シリーズ 第7作「強い妻」

強い妻
「お肉もパスタも、美味しかったね〜」
「うん。グルメ好きの友人に勧められた店だったんだ。やはり間違いなかったね」
その日、私と瑛美はイタリアンレストランでディナーを楽しみ、帰るところだった。私達は、地下鉄の駅に向かって歩いていた。正面から二人組の男がこちらへ向かって歩いてくる。
二人組は私達の前に立ち塞がった。実にガラの悪そうな男達だ。
「可愛い姉ちゃんじゃないか。ちょっと俺達に貸してくれよ」
「バカなことを言うな!怪我をする前に道を空けるんだ!」
私は勇気を振り絞って、男達に言った。
「兄さん、ずいぶん威勢がいいねぇ。これが見えないかな」
男達はポケットから光る刃物を取り出し、私達に見せた。その瞬間、私は信じられない光景を目にした。
アクション映画のスローモーション映像のように、瑛美が脚を高く上げると、回し蹴りで男が手に持った刃物を払い落とし、肘突きを顔面に入れた。男は、崩れるように倒れた。
もうひとりの男は、青ざめた表情で戦意を喪失しているようだ。
「さあ、あんたも来なさいよ!」
瑛美は男を手招きしている。
「ひえ〜っ!」
男は倒れている男を見捨てて、飛んで逃げていった。

 

地下鉄の車内で、私達は興奮しながら話し合った。
「瑛美があんなに強いなんて、びっくりしたよ」
「ダイエットのために、5年前からキックボクシングジムに通っているの。でも、実戦で戦ったのは初めてだったから、ドキドキしたよ」
「いや〜、目が覚めるようなキックだったなぁ」
「雅紀の、怪我をする前に道を空けるんだ!のセリフもカッコ良かったよ!」
「あれは、実はビビリながら言ったんだよ」

 

翌日の夜。英国ショットバーで私を含め3人の男が飲んでいた。
「雅紀、話が違うじゃないか!俺は、鼻の骨が折れたんだぞ!」
鼻ギプスが痛々しい男がまくしたてた。
「悪い、悪い、俺も瑛美がまさかあんなに強い女なんて知らなかったんだ。でも、おかげで俺達は上手くゴールできそうだ。ふたりには、とても感謝しているよ」
私は、瑛美の前でカッコいいところを見せようと画策し、ふたりの友人にチンピラの役を頼んだ。ところが、瑛美がキックボクシングをやっているのは誤算だった。瑛美は猛烈に強く、ひとりの友人を瞬時に倒したのだ。

 

 私と瑛美が知り合ったのは、1年前だ。私は映像制作会社で、ディレクター兼カメラマンの仕事をしていた。仕事内容は、企業やショップのPR映像制作が多かった。
あるヨガ教室からPRビデオを制作して欲しいと依頼があり、私はカメラを抱えて教室へ出向いた。事前の打ち合わせ通り、まず通常のレッスンシーンを撮影していった。
3人のインストラクターと15人ほどの生徒が、いきいきとポーズを決めていく。私はビデオカメラのレンズを通して、インストラクターの女性のひとりに釘付けとなった。手足が長く、スリムでしなやかな身体。ショートヘアで、整った目鼻立ち。見ず知らずの女性に、私は一目惚れした。

 

 撮影は無事終了し、編集を終えた映像DVDを私は自ら納品するため、再度ヨガ教室を訪れた。教室のオーナーにお礼をし、帰り際に私は一目惚れしたインストラクターについて聞いてみた。
「篠田瑛美さんね。彼女は、まだ独身よ。恋人募集中って言ってたから、良ければ今、彼女を紹介するね」
「本当ですか!よろしくお願いします!」
こうして、私と瑛美はヨガ教室オーナーの紹介により、付き合いが始まった。
付き合っているうちに、私達は同郷ということが分かり、より親密感を覚えた。数ヶ月デートを重ね、私は彼女にプロポーズをするタイミングを図っていた。友人を雇い、チンピラの前でカッコ良く彼女を守る、という陳腐な計画を企てたのだが、意外な結果に終わった。それでも何とか私は彼女にプロポーズし、OKの返事をもらったのだ。

 

 半年後、私と瑛美は盛大に結婚式を挙げた。新婚旅行は、憧れのニューカレドニアへ行き、新居は荻窪のマンションに構えた。
私の仕事も順調で、結婚生活は順風満帆だった。妻は仕事をしながら、キックボクシングジムには欠かさず通っていた。
妻に誘われ、私も1度はキックボクシングジムの門をくぐった。初心者向けのトレーニングを行ったが、あまりのハードさにわずか1日で根を上げてしまった。しかし、妻の方はどんなにキツい練習をしてもケロリとしている。そして、妻のキックボクシングの技術は、ますます磨きがかかっているようなのだ。どうやら妻には格闘技に関して、天性の才能があるらしい。

 

そんなある日、中学時代の友人3人が、我が家を訪ねてくれた。3人とも地元の岐阜県内にある会社に就職しており、連休を利用して東京に遊びに来たそうだ。
「新婚早々にお邪魔して、すみません」
「何を言っているんだ。とにかく紹介するよ、妻の瑛美だ」
「瑛美です。皆さん、雅紀さんの中学の同級生なんですってね。今でも仲がいいんですね」
「山野です。噂には聞いていたけど、本当にきれいな奥様だ。羨ましいですよ」
「森です。よろしくお願いします!」
「宮部です。奥様も美しいし、お住まいも素敵ですね。部屋のインテリアは、奥様の趣味ですか?センスいいなぁ!」
「お前達、どんなに褒めても何も出ないぞ!」
「それじゃあ、皆さん、乾杯しましょう」
瑛美がみんなのグラスにビールを注いだ。
「かんぱ〜い!」
私達は、それぞれの近況を話したり、中学時代の思い出話に花が咲いた。
瑛美がキッチンに立った時、森がつぶやくように言った。
「瑛美さんで思い出したけど、そういえば、クラスに瑛美っていう名前の女子がいたな」
「ブスでデブの中尾瑛美か。いやなことを思い出させるなよ」
「いじめにあって、自殺未遂をしたことがあったな」
「同じ瑛美でも、美人の奥様とは、えらい違いだ」
久しぶりの再会に私達は大いに盛り上がり、長く話し込んだ。
彼らが帰ってから、妙に気になることがあり、私は中学校の卒業アルバムを探し出し、開いた。
クラスの集合写真の中に中尾瑛美の顔があった。ブスでデブだが、目だけはどこかで見覚えがあった。アルバムに見入っている私の背後に、人の気配を感じた。はっ、と振り向くと笑顔の瑛美が立っていた。

 

「やっと思い出してくれたのね、雅紀さん。中学生の時、私があなた達にずいぶんいじめられた、ブスでデブの中尾瑛美よ。中学を卒業後、私は養女になって名前が篠田に変わったの。これからは、毎日私が雅紀さんをいじめるから、楽しみにしてね」

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第6作「ゲーム」

ゲーム 
私は2185年に製造された、MBX3100型アンドロイド、名前はアダムス。宇宙船エンデュアランス号のクルー最後の生き残りである。エンデュアランス号は植民地惑星調査のためアルファ・ケンタウリに向かう途中、ある悲劇に見舞われ、私を除く乗組員全員が死亡。その後、宇宙塵の衝突によって宇宙船は大きく損傷し、自力航行が不可能となり果てしない宇宙を彷徨っていた。


「船長、微弱なSOS信号をキャッチしました」
「どの方向だ?」
「方位289547–310068−728501。ここから約7800万キロです」
「3日ほどで到着できるな。よし、すぐに救助に向かおう!」
補給船テラ・ウエーブ号は、すでに植民地として開拓が進むアルファ・ケンタウリに様々な物資を運ぶため、地球との間を往復していた。この日、アルファ・ケンタウリからの帰還途中に救難信号を受信したのだ。
「ずいぶん宇宙船の損傷が激しいな」
「宇宙塵にやられたようですね。電磁バリアが無かった時代の古い船だし、まだ生きている乗組員がいるのかどうか・・・」
テラ・ウエーブ号は漂流船に近づくとその様子を窓から確認した。
「よし、作業船を出して漂流船にドッキングしよう。私とスティーブ、クロサワが作業船に乗り込む」
船長をはじめとする3名が宇宙服に着替えた。宇宙服といっても、昔のように重く動きにくい服ではなく、夏用ウエットスーツのような軽くてしなやかなものだ。
「念のためにこれを」と言って、保安係のデイブが宇宙銃を3人に手渡した。
「どんなエイリアンが潜んでいるのか、わかりませんからね」
「大昔のSF映画の見過ぎじゃないか?わかった、念のために持って行くよ」
テラ・ウエーブ号下部のハッチが開くと小型作業船がゆっくりと発進した。
船長が慎重に操縦し、漂流船の周りを舐めるように観察した。脱出用のハッチを見つけると、船長は巧みなコントロールでぴたりとドッキングさせた。


漂流船の内部は真っ暗だった。宇宙ヘルメットに装着されているヘッドライトを照らし、乗組員の捜索にあたった。宇宙船の中は無重力なので、空中を泳ぐようにして進む。通路や倉庫、機関室などほとんどの場所は外壁に穴が空いていて、真空状態になっていた。穴が空いた時に宇宙船内部にあったものが外に放出されたらしく、どこも荷物や機械類が散乱していた。
「なんだか気味が悪いなぁ。こりゃあ、エイリアンが出てきてもおかしくないぞ」
「クロサワ、間違ってもむやみに銃をぶっ放すんじゃあないぞ!」
「あ!あそこに人影が!」
3人はヘッドライトを人影の方向に向けた。確かに人間の姿が見える。
船長が外部スピーカーに切り替えると、「私は宇宙船テラ・ウエーブ号の船長、ジェイクだ。救助信号をキャッチして、やってきた」と話しかけた。
人影はこちらに向かってやってきた。着ている服はボロボロで、宇宙服は着用していない。端正な顔立ちの白人だ。
「お待ちしていました。といっても、もう320年待ちましたけどね。私はこの船の副船長、アダムスです。ご覧のとおり人間ではなく、アンドロイドです」
「320年!そんな昔に遭難したのか。・・・それで、君以外の乗組員は?」
「残念ながら全員死亡しました。その経緯については、ゆっくりお話したいと思います」
「それは残念だ。あなたの話は、私の船でゆっくり聞かせてもらおう」


テラ・ウエーブ号の食堂にアダムスと6名の上級航行士が詰めた。アダムスはエンデュアランス号の乗員全員が死亡した経緯を語り始めた。
「エンデュアランス号の使命はアルファ・ケンタウリの惑星調査でした。長旅のため、多くの乗組員は退屈をしていました。そんな時、ひとりの乗組員が面白いゲームを考え出したのです。トランプのようなカードゲームですが、ポーカーやブリッジ、大富豪、麻雀などの様々なゲームの面白いツボを全部取り入れた、全く新しいゲームを開発したのです。退屈をしていた乗組員たちは、すぐにこのゲームの虜になりました。最初は仮想通貨などを賭けていたのですが、そのうちに乗組員が持っている高級腕時計や秘蔵のウイスキーなど、大切な物を賭けるようになっていったのです。その頃には、すでに多くの乗組員が普通の精神状態ではないことに私は気付いていました。酒やドラッグなどの依存症に近い症状です」
「ふむ。それで、そのゲームには船長も加わっていたのかね?」ジェイク船長が聞いた。
「ええ、船長も積極的にゲームを行っていました。私を除く全員がこのゲームにハマっていったのです。そしてある日、ひとりの乗組員が自分の命を賭けると言い出したのです。私はついにイカれたと思いました。そんな馬鹿げたことはやめろと止めたのですが、全く聞く耳を持たず、他の乗組員たちも次々と命を賭けると言い出したのです。それから悲劇が始まりました。負けた乗組員は本当に命を絶っていったのです。狂っているとしか言いようのない状態です。
しかし、止める人間は誰もおらず、わずか2日間で全員が命を落としたのです」
「ゲームなら、最後に勝った人間は命を落とす必要がないのでは?」
「最後に残った乗組員は、もうゲームをする相手が無くなったことを悲観して自殺しました」
「信じ難い話だな。それでは乗組員が亡くなったのは宇宙塵の飛来が原因ではないということだな」
「その通りです。エンデュアランス号が宇宙塵に見舞われたのは、乗組員が全員死亡した10年後のことです。船は全く航行不能となり、私は救難信号を発信し続けました」
「それから320年間も発見されなかったという訳か。アンドロイドの君が残っていなかったら、乗員全員の死亡も永遠に謎のままだった」
「アダムスの話を疑う訳ではないが、そのゲームがどういうものかぜひ教えてほしいものだ。本当に命懸けになるほど面白いものなのか・・・?」
1級航行士のブラッドがアダムスに詰め寄るように言った。
「もちろん、お教えすることはできますが、今お話したようにとんでもなく危険を伴うゲームなのですよ」
「アダムス、危険なゲームであることはわかったが、それで乗員が命を絶ったのは320年、いや330年前の話だ。私に言わせると当時の原始的な思考の人間と私達は全く違う。それほど頭脳も進化しているということだ。私達がそんな愚かな行動をとることはない。安心してゲームのことを話してくれ」
ジェイク船長もゲームの内容を話すように迫った。
「わかりました。それではゲームについてお話しましょう」
アダムスは話しながら、60枚のカードを立体ディスプレイ上で作り上げていった。
「この60枚のカードを使ってゲームを行います。ゲームは最低2名から、最大8名までが参加可能となります」
遊び方についてレクチャーが終わると、6名の上級航行士たちは早速ゲームを始めた。
「うん、これは確かに面白いゲームだ。だけど、これで命を落とすなんて考えられないな」
6名がゲームの遊び方を完全に覚えると、他の下級クラス乗員も誘い、全員がゲームに興ずるようになった。
結局、3日後にはテラ・ウエーブ号の乗員25名は全員死亡した。残ったのは、4体のアンドロイドとアダムスだけだった。
「人間っていうのは、なんて愚かな生き物なんだ。この船は地球に向かっているが、このままわれわれが地球に帰還すればどうなると思う?」
「おそらく、地球の人類は全滅することになるでしょうね」
「そのとおりだ。地球人を救うためには、われわれの記憶メモリーを完全に破壊する必要がある。そのためには、この船を核自爆装置で破壊するが、よいかな?」
「依存なし!」
「依存ありません!」
「爆破しましょう!」
「人類を救うために犠牲になりましょう!」

 4年後、米・カリフォルニアに住むアマチュア天文家、メアリー・ローズは4光年先から送られて来た謎のメールを受け取った。添付のドキュメントには、あるゲームのカードの作り方と遊び方が記載されていた。

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