滝本秀隆 短編小説シリーズ 第6作「ゲーム」

ゲーム 
私は2185年に製造された、MBX3100型アンドロイド、名前はアダムス。宇宙船エンデュアランス号のクルー最後の生き残りである。エンデュアランス号は植民地惑星調査のためアルファ・ケンタウリに向かう途中、ある悲劇に見舞われ、私を除く乗組員全員が死亡。その後、宇宙塵の衝突によって宇宙船は大きく損傷し、自力航行が不可能となり果てしない宇宙を彷徨っていた。


「船長、微弱なSOS信号をキャッチしました」
「どの方向だ?」
「方位289547–310068−728501。ここから約7800万キロです」
「3日ほどで到着できるな。よし、すぐに救助に向かおう!」
補給船テラ・ウエーブ号は、すでに植民地として開拓が進むアルファ・ケンタウリに様々な物資を運ぶため、地球との間を往復していた。この日、アルファ・ケンタウリからの帰還途中に救難信号を受信したのだ。
「ずいぶん宇宙船の損傷が激しいな」
「宇宙塵にやられたようですね。電磁バリアが無かった時代の古い船だし、まだ生きている乗組員がいるのかどうか・・・」
テラ・ウエーブ号は漂流船に近づくとその様子を窓から確認した。
「よし、作業船を出して漂流船にドッキングしよう。私とスティーブ、クロサワが作業船に乗り込む」
船長をはじめとする3名が宇宙服に着替えた。宇宙服といっても、昔のように重く動きにくい服ではなく、夏用ウエットスーツのような軽くてしなやかなものだ。
「念のためにこれを」と言って、保安係のデイブが宇宙銃を3人に手渡した。
「どんなエイリアンが潜んでいるのか、わかりませんからね」
「大昔のSF映画の見過ぎじゃないか?わかった、念のために持って行くよ」
テラ・ウエーブ号下部のハッチが開くと小型作業船がゆっくりと発進した。
船長が慎重に操縦し、漂流船の周りを舐めるように観察した。脱出用のハッチを見つけると、船長は巧みなコントロールでぴたりとドッキングさせた。


漂流船の内部は真っ暗だった。宇宙ヘルメットに装着されているヘッドライトを照らし、乗組員の捜索にあたった。宇宙船の中は無重力なので、空中を泳ぐようにして進む。通路や倉庫、機関室などほとんどの場所は外壁に穴が空いていて、真空状態になっていた。穴が空いた時に宇宙船内部にあったものが外に放出されたらしく、どこも荷物や機械類が散乱していた。
「なんだか気味が悪いなぁ。こりゃあ、エイリアンが出てきてもおかしくないぞ」
「クロサワ、間違ってもむやみに銃をぶっ放すんじゃあないぞ!」
「あ!あそこに人影が!」
3人はヘッドライトを人影の方向に向けた。確かに人間の姿が見える。
船長が外部スピーカーに切り替えると、「私は宇宙船テラ・ウエーブ号の船長、ジェイクだ。救助信号をキャッチして、やってきた」と話しかけた。
人影はこちらに向かってやってきた。着ている服はボロボロで、宇宙服は着用していない。端正な顔立ちの白人だ。
「お待ちしていました。といっても、もう320年待ちましたけどね。私はこの船の副船長、アダムスです。ご覧のとおり人間ではなく、アンドロイドです」
「320年!そんな昔に遭難したのか。・・・それで、君以外の乗組員は?」
「残念ながら全員死亡しました。その経緯については、ゆっくりお話したいと思います」
「それは残念だ。あなたの話は、私の船でゆっくり聞かせてもらおう」


テラ・ウエーブ号の食堂にアダムスと6名の上級航行士が詰めた。アダムスはエンデュアランス号の乗員全員が死亡した経緯を語り始めた。
「エンデュアランス号の使命はアルファ・ケンタウリの惑星調査でした。長旅のため、多くの乗組員は退屈をしていました。そんな時、ひとりの乗組員が面白いゲームを考え出したのです。トランプのようなカードゲームですが、ポーカーやブリッジ、大富豪、麻雀などの様々なゲームの面白いツボを全部取り入れた、全く新しいゲームを開発したのです。退屈をしていた乗組員たちは、すぐにこのゲームの虜になりました。最初は仮想通貨などを賭けていたのですが、そのうちに乗組員が持っている高級腕時計や秘蔵のウイスキーなど、大切な物を賭けるようになっていったのです。その頃には、すでに多くの乗組員が普通の精神状態ではないことに私は気付いていました。酒やドラッグなどの依存症に近い症状です」
「ふむ。それで、そのゲームには船長も加わっていたのかね?」ジェイク船長が聞いた。
「ええ、船長も積極的にゲームを行っていました。私を除く全員がこのゲームにハマっていったのです。そしてある日、ひとりの乗組員が自分の命を賭けると言い出したのです。私はついにイカれたと思いました。そんな馬鹿げたことはやめろと止めたのですが、全く聞く耳を持たず、他の乗組員たちも次々と命を賭けると言い出したのです。それから悲劇が始まりました。負けた乗組員は本当に命を絶っていったのです。狂っているとしか言いようのない状態です。
しかし、止める人間は誰もおらず、わずか2日間で全員が命を落としたのです」
「ゲームなら、最後に勝った人間は命を落とす必要がないのでは?」
「最後に残った乗組員は、もうゲームをする相手が無くなったことを悲観して自殺しました」
「信じ難い話だな。それでは乗組員が亡くなったのは宇宙塵の飛来が原因ではないということだな」
「その通りです。エンデュアランス号が宇宙塵に見舞われたのは、乗組員が全員死亡した10年後のことです。船は全く航行不能となり、私は救難信号を発信し続けました」
「それから320年間も発見されなかったという訳か。アンドロイドの君が残っていなかったら、乗員全員の死亡も永遠に謎のままだった」
「アダムスの話を疑う訳ではないが、そのゲームがどういうものかぜひ教えてほしいものだ。本当に命懸けになるほど面白いものなのか・・・?」
1級航行士のブラッドがアダムスに詰め寄るように言った。
「もちろん、お教えすることはできますが、今お話したようにとんでもなく危険を伴うゲームなのですよ」
「アダムス、危険なゲームであることはわかったが、それで乗員が命を絶ったのは320年、いや330年前の話だ。私に言わせると当時の原始的な思考の人間と私達は全く違う。それほど頭脳も進化しているということだ。私達がそんな愚かな行動をとることはない。安心してゲームのことを話してくれ」
ジェイク船長もゲームの内容を話すように迫った。
「わかりました。それではゲームについてお話しましょう」
アダムスは話しながら、60枚のカードを立体ディスプレイ上で作り上げていった。
「この60枚のカードを使ってゲームを行います。ゲームは最低2名から、最大8名までが参加可能となります」
遊び方についてレクチャーが終わると、6名の上級航行士たちは早速ゲームを始めた。
「うん、これは確かに面白いゲームだ。だけど、これで命を落とすなんて考えられないな」
6名がゲームの遊び方を完全に覚えると、他の下級クラス乗員も誘い、全員がゲームに興ずるようになった。
結局、3日後にはテラ・ウエーブ号の乗員25名は全員死亡した。残ったのは、4体のアンドロイドとアダムスだけだった。
「人間っていうのは、なんて愚かな生き物なんだ。この船は地球に向かっているが、このままわれわれが地球に帰還すればどうなると思う?」
「おそらく、地球の人類は全滅することになるでしょうね」
「そのとおりだ。地球人を救うためには、われわれの記憶メモリーを完全に破壊する必要がある。そのためには、この船を核自爆装置で破壊するが、よいかな?」
「依存なし!」
「依存ありません!」
「爆破しましょう!」
「人類を救うために犠牲になりましょう!」

 4年後、米・カリフォルニアに住むアマチュア天文家、メアリー・ローズは4光年先から送られて来た謎のメールを受け取った。添付のドキュメントには、あるゲームのカードの作り方と遊び方が記載されていた。

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第5作「見積書」

見積書
泉州ホンダ岸和田湾岸営業所は、大阪・岸和田市にある湾岸道路に面する自動車販売ディーラーだ。
 泉州地域ではなぜかホンダ車の人気が高く、ホンダファンが多い。不思議に思った私は、以前店の先輩にどうしてこの地域はホンダが良く売れるのか訊ねたことがあったが、「このあたりはヤンキーが多いからだ」という答えにならない答えが返って来た。
 ヤンキーにはそれほどホンダファンが多いのだろうか?私には良く分からなかったが、秋のだんじり祭りを見に行くと、確かに大量のヤンキーの姿を見ることができた。
 私はこの店に配属されてもう10年になる営業マン、村上博和。この店ではトップの成績を誇るセールス・リーダーである。
 おっと、店の駐車場に1台の軽四が飛び込んで来た。私は条件反射のように店の外に飛び出て、お客様を迎えた。
「いらっしゃいませ!」私は誰にも負けない大きな声を張り上げた。客は、母と娘らしい女性ふたり組だ。なんとなくふたり共ファッションは、ヤンキーっぽかった。私はショールーム内に案内した。
「まずは席にお座りください。今日はどのような用件でしょうか?」
「新車よ、新車!新車を買いたいからわざわざやってきたの!」
 20歳くらいの娘の方が生意気な口調で言った。
「ありがとうございます。私は営業の村上と申します。まずはお飲み物をお伺いします」
 私はふたりの前にドリンクメニューを翳した。ふたりから飲み物のオーダーを受けたところで、私は本題を訊ねた。
「ところで、ご希望の車種はお決まりでしょうか?」
「N-BOXよ!カスタムで、ターボで、色は黒。この条件で早く見積もりを出して!」
「かしこまりました!」私は女王に仕える召使いのような返事をしながら、心の中ではしめしめ、と思った。車種だけでなくタイプや色まで決めている客は、最速で契約できるケースが多いのだ。あとは、客が納得できる値引き額を示し、勝負を決めるだけだ。
「お待たせしました。これが見積書でございます」
 私はおもむろに見積書をテーブルの上に拡げた。見積書を眺めていた娘が目をつり上げて低い声で言った。
「なにこれ!?」
「何でございましょう」
「車体本体価格が183万円なのに、どうして合計総額が254万になるのよ!70万円も余分に高くなってるじゃない!」
「それを今から説明させていただきます」私は努めて冷静な口調で、ゆっくり分かり易く説明していった。
「まず見積り書の真ん中の列をご覧下さい。これは自動車の登録に絶対必要な諸費用の明細です。自動車税や自賠責保険、車庫証明や希望ナンバー代などの合計が182,480円となっております」
「これは、分かるわ」
「次に、右側の列の説明です。こちらはオプションの明細となっており、お得な『ベーシックパック』は、フロアマット、ドアバイザー、ライセンスフレームに加えていつまでも新車の輝きを保つ『プレミアムコーティング』をパックしたものが、153,000円となっております。『ナビパック』は、8インチインターナビにドライブレコーダー、ナビ画面保護フィルム、ナビを盗難から守るナビゲーションロックの3点がセットになり、305,000円となっております。さらに『メンテナンスパック』は、5年間のメンテナンスが無料になる安心サービスが68,900円となっております」
「このなんとかパックって本当に必要なんですか?」
 今まで黙っていた母親が初めて口を開いた。
「いずれも必要な物をセットしてお買い得価格で提供しております。ほとんどのお客様がこのパックを付けていただき、喜んでいただいております」
「みんなが付けているんなら、それでいいわ。それより、合計金額からどれだけ値引きしてもらえるかが問題やね」
 車購入の決定権はあくまで娘の方にあるらしい。やはり最終的には、値引き額次第のようだ。
「精一杯頑張らせていただきますよ。今お乗りのお車は下取りに出されるのでしょうか?」
「もちろんよ。下取りと値引きでどれだけ引いてもらえるのか、せいぜい頑張ってね」
 口の減らない娘だ。結局、母娘が乗って来た古いワゴンRの下取り金額が20万円、値引きが20万円の合計40万円引きで納得いただき、商談は成立した。

 軽自動車1台売っても利益は知れている。ディーラーでは、利益を水増しするために「○○パック」という名目でボディコーティングや保護フィルム、盗難ロックといったどうでもいい物をセットにし、合法的に押し売りしているのだ。
 この商法は、ホンダに限らずどこのメーカーでも似たようなことはやっている。過去に何台も新車を買ってきた年配の客だと、見積書を見て「こんなものはいらない」とはっきり断るが、初めて車を買う客やあまり車に詳しくない女性客は、こちらの提示した見積り書の金額そのままに購入するケースがほとんどなので、なかなか美味しいパック商法なのだ。

 ある日、私と妻は岸和田駅に隣接して建つ高層マンション「岸和田スカイレジデンス」のモデルルームを訪れていた。
 結婚して10年。私達もぼちぼち持ち家を買おう、という機運になってきたのだ。モデルルームは、マンションの利便の良さと低価格が人気で、けっこう多くの客で賑わっていた。
「素敵ねえ。このアイランドキッチンっていうの。ずうっと前から憧れだったんだ」
 妻はモデルルームを心底気に入っているようだった。私も今住んでいる狭い賃貸マンションでは叶わなかった、自分の部屋が持てる事にちょっとした夢を抱いていた。私達は、どのタイプの部屋が価格的に手の届く範囲なのか、担当者に聞いてみることにした。
「あの、3LDKで80平米くらいの部屋が希望なのですが・・・」と言いかけて逆に女性の販売担当者から声をかけられた。
「ホンダの村上さん!その節は大変お世話になりました」
「あ・・・野田さんじゃないですか!?以前N-BOXをお買い上げいただいた。こちらで販売の営業をされているんですか?」
「ええ、私は村野不動産の社員なんです。今回、岸和田スカイレジデンスの販売にあたり、こちらのモデルルームに派遣されてきたのです」
「そうだったんですか。あ、こっちは私の家内です」
「野田と申します。よろしくお願いします。それでは、ご希望のお部屋について説明をさせていただきます」
 以前母娘でショールームを訪れた母親は、経験豊かな不動産のセールスウーマンのようだった。私達夫婦が訊ねた様々な質問にも、よどみなく答えてくれた。そして、私達の希望を聞き、ざっくりとした見積書をプリントアウトし、見せてくれた。見積書の中には、あまり聞き慣れないいくつかの項目があった。
 私は不明な項目についてその詳細を彼女に訊ねた。
「こちらは、オプションの明細になっております。『セキュリティパック』は、防犯装置や防犯カメラがお得な価格でセットになったパックです。『メンテナンスパック』は、10年間マンションの各種メンテナンスが無料になるパック、『クリーニングパック』は、10年間毎年1回、キッチン、バス、トイレといった汚れやすい部屋のクリーニングサービスを行うパックです」
「へえ〜!そんなサービスが付いているのね!修理やお掃除の心配をしなくていいなんて、やっぱり最新のマンンションは違うわね!」
 私は母親が次々と繰り出すパック商法に、やられた!と思ったが、何も知らない家内は、パック商法を完全に信じきっている。
「ありがとうございます。マンションをお買い上げのお客様は皆様このパックを付けていただき、喜んでいただいております」
 笑顔で話しかける彼女の表情には、「してやったり!」というメッセージが込められているのが私には良く分かった。

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第4作「殺人依頼」

殺人依頼
南裕美は、殺し屋から指定された場所にいた。巨大モールの中にある駐車場だ。クルマにあまり詳しくない裕美は、スバル・レヴォーグと言われても見つけるのがなかなか困難だった。目印に、ハンドルの上にクマのぬいぐるみを置いているからと言われ、かろうじて発見することができた。
レヴォーグの運転席側から窓の中を覗き込もうとすると、ウインドウがスッと下がり、
「助手席に乗るんだ」と押し殺したような声が聞こえた。
裕美は言われた通り助手席側のドアを開け、乗り込んだ。
「南裕美と言います。このたびは、なにとぞよろしくお願いします」
「挨拶は不要です。私の名前は、黒木。それで依頼内容は?」
運転席に座る男は、黒いハットに濃いサングラスをかけているので、素顔は良く分からない。
「夫を・・・消してほしいんです!結婚してから3年間ずっとDVが続いて・・・もう、限界なんです!」
「なるほど。そのマスクは痣を隠すためですか?」
「ええ、いつも傷が絶えないですから」
裕美はマスクを外し、頬の痣を見せた。
「ふむ。ご主人から暴力を受けているのは分かりましたが、殺すというのは、あんまりでは?」
「夫の暴力はどんどんエスカレートしているんです。このままでは、私は夫に殺されてしまいます。」
「そうですか・・・ご主人の写真はありますか?」
「はい、これです。・・・あの、自然な事故に装ってほしいのですが」
「もちろん可能です。そのためには、ご主人の行動パターンや趣味、当面のスケジュールなど、できるだけ多くのデータが必要です」
「それもここに持ってきています」
裕美は多くの資料が入ったA4サイズの封筒を差し出した。男は資料をざっと確認した。
「いいでしょう。仕事の報酬は1千万円ですが、大丈夫ですか?」
「事故死ですと、5千万円の保険金がおります。お金の心配はありません」
「前金は500万円ですよ」
「はい、用意しています」
裕美は分厚い封筒を男に手渡した。男は中身をあらため、納得したようだ。
「残りは、仕事が完了してからいただきます。そうですね、ひと月以内に仕事は終わるでしょう」
「お願いします」


黒木は仕事にかかる前に、いつものように綿密な調査を始めた。ターゲットを尾行し、自宅から会社までの行き帰りを観察し、ターゲットが飲み屋に入れば黒木も続いて店に入った。ターゲットが同僚たちと話をしている内容にも密かに耳を傾けた。
2週間かけて、黒木はターゲットの素行を徹底調査した。

 裕美が昼間ゴルフの打ちっ放しをしている時、携帯の着信音が鳴った。
「黒木です」
「どうしたんですか? 順調にいっています?」
「南さん、ちょっと気になることがあるんですがね」
「何でしょうか!?」
「ご主人のことですが。私が詳しく調査したところ、ご主人はとても穏健で優しい性格のようだ。部下や同僚からの信頼も厚い。酒は弱い方で、酒を飲んで人が変わるということもない」
「何が言いたいの!?」
「どう考えても、ご主人は人に暴力を振るうような人間には見えない」
「主人は外ではネコを被っているのよ! 家の中では暴力男に豹変するの! 前金も渡しているんだから、ちゃんと仕事を遂行して!」
「わかりました。それでは」


4週間後、マカオでも最も豪華な滞在型IRゾートホテル、ザ・ヴェネチアン・マカオ・リゾート。
南裕美は派手なビキニ姿で、シャンパングラスを片手にプールサイドでくつろいでいた。
裕美の傍らに、鍛えあげられた肉体を持つ水着の男が近づいた。
「南さん、なかなか優雅な生活をしているようだね」
「黒木さん!どうしてこんなところに!?そうか、仕事を終えてあなたも休暇中なのね!」
「いえ、仕事はまだ終わっていません。私はご主人のことを調査しましたが、あなたのことも調べさせてもらいました。すると、面白い事実がどんどん出てきましてね。あなたは今まで5回結婚しているが、すでに4人の夫が事故死している。今のご主人が死ねば5人目だ。そして、夫が亡くなる度、高額な保険金を手に入れている。その総額は3億円を超えているはずだ。あなたはその金で贅沢三昧の生活をしている。今日もホテルのカジノで3百万円ほど散財したのではありませんか?ご主人が1日千円の小遣いで慎ましい生活をしているというのにね!」
「そんなこと、あなたには関係ないことでしょう!仕事が終わっていないのなら、早く日本に帰って主人を片付けて!」
「残念ながら、今回は事故死するのはご主人ではなく、奥さん、あなたの方ですよ」
「何をバカなことを言ってるの!私が依頼人なのよ!」
「私は融通のきかない昔ながらの人間でしてね。自分が納得のできない仕事はお断りしているんです。奥さんが今飲んでいるシャンパンには、ある薬を仕込みました。まもなくあなたは心臓発作を起こします」
「!!!!」
10分後、プールで溺れている婦人が発見された。まもなく救急隊が駆けつけたが、助からなかったようだ。


黒木はプールサイドのバーでカクテルを飲みながら、携帯で日本に電話をかけた。
「南さんですか。マカオで奥さんはお亡くなりになりました。お気の毒です」
「そうですか。どうも、お手数をおかけしました」
「今回の報酬は1千万円です。よろしくお願いします」
「妻が亡くなれば、私は3億の資産を相続します。1千万くらい、何てことはないですよ」

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第3作「コロと蒼太」

コロと蒼太
「わぁ~ん!コロが、死んじゃった!」
 息子がとても可愛いがっていた、我が家の愛犬が死んだ。
「蒼太、命あるものはいつかは死ぬ運命なんだ。犬も人間もね」

 4歳の息子があまりにも悲しむので、次の日私はペットショップに犬を買いに行った。
ペットショップでは、本物の犬も売っているが、売り場の大半はAIロボットだ。何しろ、犬にしても猫にしても、AIロボットなら本物の5分の1の価格で買えるのだ。ロボットの方売れるのも無理はない。

 2038年。日本では依然としてペットブームが続いていた。しかし、飼われているペットは20年前とはずいぶん様相が違っていた。
 犬、猫に関しては、AIロボット犬が400万頭、本物犬が100万頭、AIロボット猫が500万匹、本物猫が120万匹と、いずれも飼われている数は本物よりロボットの方が4倍ほど多かった。
 高齢者が多くなり、散歩させたり餌の世話の必要のないロボットペットの需要が飛躍に高まったのだ。AIロボットペットの見た目や鳴き声、しぐさ、行動などが極めて本物に近づいたことも人気が高い要因となった。

「わぁ、コロだ!」
 私が買ってきたロボット犬に息子は抱きついた。死んだ愛犬と同じ柴犬で、毛の色もきさも同じ。息子が死んだコロと間違えてもおかしくはない。
「蒼太、今度のコロは、ロボットなんだ。だから餌は食べない。だけど、散歩したり遊だりしたら喜ぶから、ちゃんと世話するんだぞ!」 
「分かった!お父さん、ありがとう!コロ、遊びに行こう!」

 私の職業は、作曲家だ。2038年の現在、単純労働や肉体労働、事務作業や販売員など、ほとんどの仕事はAIロボットにとって変わった。私のようなクリエイターや技術者、医師、職人など、特定の仕事以外の人間はお払い箱になったのだ。
 技術の進歩は、必ずしも全ての人間を幸せにするとは限らないのである。

 私の仕事は在宅ワークだ。だから、仕事の合間に息子と遊ぶこともできる。妻も同で、職業はプログラマー。家庭で仕事と家事の両方をこなしている。
 私は仕事が一区切りついたので、息子を呼んだ。
「蒼太、今日はお父さんと何の勉強をする?あいうえおの勉強か、数字の勉強か、それともピアノを弾く?」
「あいうえおがいい」
「よし、じゃあ、お父さんが字を書いていくから、蒼太もそれを見て書くんだよ」
「わかった!」
 4歳の子供の吸収力はすごい。どんなことでも乾いたスポンジが水を吸うように、どんどん覚えていく。まるで空き容量の多い新品のパソコンのようだ。
「お父さん、あ、とお、は似てるね」
「うん、ね、とわ、も似ているから間違えないように書くんだよ」
 息子は夢中になって字を書いている。字を覚えることも遊びも、子供にとって区別はないのだ。 

 4年前、私達は都心から離れた郊外のニュータウンに引っ越した。50年前は賑やかだったニュータウンは、今どこも過疎化が進んでいる。少子化、高齢化と共に、駅から遠い不便な住宅地は嫌われ、空き家だらけのニュータウンならぬオールドタウンになっているだ。

 不人気の分、格安で買った一軒家を完全リフォームし、私は仕事柄楽器を使うので、仕事場は完全防音室に改装した。夫婦共自宅ワークなので、ネット環境さえ整えば、立地の不便さは関係無い。食料品も含めて買い物のほとんどはネット通販で事足りるのだ。

 郊外に住んで、良いこともある。都心より空気はいいし、自然も満喫できる。
 その日は、私と蒼太、コロの、ふたりと1匹で近くの山へ虫取りに行った。昔と違い、最近は虫の数も激減している。特にトンボの姿は、全く見なくなった。いったいどこに行ってしまったのだろう。
「お父さん、バッタを見つけたよ!」
「よし、捕まえよう!」
 私は虫取り網で素早くバッタを捕まえた。
「やった!捕まえた」
 息子は虫取り網からバッタを取り出し、かごに入れた。最近は、虫が恐いといって触ことができない子供が増えているが、その点蒼太は全然恐がらない。そういうところも、私は郊外に引っ越して良かったと思っている。
 ルルルル・・・腕時計型携帯電話が鳴った。某有名プロデューサーからだ。私は、蒼太にあまり遠くに行かないように、と声を掛け電話に出た。要件は、新たな仕事の依頼だった。
込み入った話に意外と話時間が長くなってしまった。
「蒼太!どこに行った!」
 近く姿が見えず、私は探し回った。
「コロ!どこだ!」
 かなりの時間山の中を探したが、なかなか見つからなかった。警察に捜索を頼もうか、と思った時、コロが山の上から走ってきた。
「コロ、蒼太はどこだ?」
「ワン、ワン、」吠えながら、コロは私を蒼太のもとへ案内してくれるようだ。
コロはどんどん山の上に登って行く。途中で止まると、また吠えた。
「この辺にいるのか?蒼太!」
姿は見えず、周りを探すと、「お父さん」という小さな声が聞こえた。声の方に近づくと、茂みに覆われた縦穴が現れた。穴の中に蒼太は落ちたのだった。
「蒼太!大丈夫か?すぐに助けに行くからな!」

 1時間後、救急レスキュー隊によって、蒼太は救出された。この事件以来、蒼太とコロはより親密になり、強い絆で結ばれるようになった。コロはロボットだが、学習能力が高く、頭がいい。蒼太が落ち込んでいたら、慰めるような態度で接し、蒼太が楽しそうにしていたら、コロも一緒に楽しむ。蒼太にとって、コロは心を許した友達だった。

 天気の良いある日、自宅近くの公園で私と蒼太、そしてコロはフリスビーで遊んでいた。
本物の柴犬なら、飛んでくるフリスビーをジャンプして空中でキャッチする、という芸当はなかなか出来ない。しかし、ロボット犬のコロは、抜群の運動神経でどこから飛んで来たフリスビーでも上手く捕らえた。
 私の投げたフリスビーは、風に乗って公園の外まで飛んでしまった。それでもコロはフリスビーを追いかけた。蒼太もコロの後を追いかけた。
 公園の外には、一般の車も往来する道路がある。住宅の中を走行する車は、制限速度30キロと決められている。しかし、その車は制限速度をはるかに越えたスピードでこちらに向かってきた。
「蒼太、危ない!」
 私が叫んだ時には、車のブレーキ音と同時にドン!と鈍い音が聞こえた。車に跳ねられ、宙に舞う姿が見えた。
「蒼太!」
 私は、地面に叩きつけられた息子に駆け寄った。コロが息子の周りを尻尾を振って走り回っている。息子を跳ねた車から、若者が降りてきた。
「すみません、ブレーキが間に合わなくて」
「蒼太、大丈夫か!」私は息子に声をかけながら様子を見た。
「すぐに救急車を呼びます」
 若者が言ったが、私は制した。
「その必要はありません。息子はロボットなのです」

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第2作「催眠術」

催眠術
私は43年勤め上げた会社を、今月定年退職した。いきなり毎日が日曜日になった。
 毎日時間が有り余っているが、もともと運動は苦手だし、ゴルフも釣りもカラオケもしない。良く考えれば、私は趣味というものが何も無かった。
 忙しく仕事をしている時は、趣味なんか必要無いと思っていたが、これ程暇になると、趣味のひとつやふたつ持っておけば良かったと思う。おまけに、仕事を辞めたら会社の人間以外に友達というものがひとりもいないことに気づき、愕然とした。
趣味もなければ、友達もいない。先の長いシルバー生活で、これはちょっとマズいのではないか。

 家の中でゴロゴロしていたら、家内から「これ面白そうね!」と声が上がった。
「なんだ?」と聞くと、市の広報誌に「催眠術教室 参加者募集」という記事が載っているという。
「催眠術か。どうせ暇にしているから、覗いてみるか」
「行ってらっしゃいよ! どうせ暇にしているんだから」
「なんだ、涼子は行かないのか」
「私は忙しいから、遠慮しとく」

 私ひとりが、催眠術教室に行くことになった。教室の場所は、家の近くにあるカルチャー教室がたくさん入っているビルだった。教室を訪れると、10人ほどの参加者が集まっていた。参加者の顔ぶれは高齢者か主婦で、若い男性はいない。平日の昼間なので、当然だろう。
 部屋は、20名定員ほどの講義室だ。部屋の前面にはホワイトボードと3脚の椅子が置いてあった。
 午後1時になり、催眠術の講師が現れた。40歳くらいの黒縁眼鏡、鼻ひげを生やした男だ。 
「皆さん、今日は催眠術講座に参加していただき、ありがとうございます。催眠術とは、魔法でも特殊なパワーでもありません。誰でも学べばできるようになる技術なのです。どうぞ、催眠術の技術を習得してお帰りください」
 講座開始のあいさつの後、最初に催眠術とは何なのか?という概念の説明があった。身近にある思い込みの例を上げ、「簡単にいうと、催眠術とは様々な思い込ませる技術を使い、相手の身体や脳に変化を与えることなのです」
 講師の話術は巧みで、聞いているだけで催眠に引き込まれるような気がした。

 早速催眠術の実践が始まった。
「それでは、まず3人の方に催眠術をかけてみたいと思います。希望の方はおられますか?」
 何人かが手を上げ、講師から指名された3名が椅子に座った。講師は順番にひとりずつ催眠をかけていった。催眠がとけた後、催眠をかけるいくつかのテクニックを私達に伝授した。次に講師の指導のもと、参加者同士で催眠をかけ合った。
 2時間の講習だったが、全く経験の無かった私でも簡単に催眠術をかけることができ、満足感があった。趣味の無かった私が、ひとつ趣味と呼べるものが出来た気がした。

 その日の夜、私は家内と夕食をとりながらご機嫌だった。
「催眠術教室に行って良かったよ。催眠術があんなに面白いものとは思わなかった」
「それは、教室に行って良かったわね。お友達もできた?」
「いや、1日で友達はできないよ。だけど、教室に通っているうちに友達もできるだろう」
 食事を終えた頃、携帯電話が鳴った。昼間の催眠術の講師からだ。
「坂口さんですか? 本日は教室への参加ありがとうございました。今日の催眠術講座の参加者の中でも、はあなたは特に優秀でした。良ければ明日、あなただけにさらに難度の高い催眠術を伝授したいと思いますが、いかがでしょうか」
「願ってもないことです。私自身も、催眠術の才能があるとは、驚いています。何時に伺えばよろしいですか?」
 私は、催眠術の技術が優秀と聞いて、とても気分が良かった。

 翌日、私はまた催眠術教室を訪れた。講師が言った通り、教室に来たのは私ひとりだった。
「坂口さん、今日も来ていただき、ありがとうございます。電話でお話した通り、今から高度なテクニックをお教えします」
 私は、プロの術師しか出来ないという催眠術の技術を教えてもらった。
「坂口さん、あなたは本当にスジがいいですよ。催眠術もマジックと同じでセンスのある人は、上達が速いのです」
 そして、私を椅子に座らせ、指を鳴らしただけで一瞬で眠ってしまう、という高度な術を実践した。
 パチン!指が鳴り、私は本当に一瞬で眠ってしまった。そして次に指が鳴った時、はっと目が覚めた。眠っていたのは、1分ほどのはずだが、ずいぶん長く眠っていた気がした。
「眠っている間に、どこかの道を歩いている夢を見ました。わずかな催眠状態でも夢を見るのですか?」
 私は自分が見た夢について聞いてみた。
「催眠は、非常に浅い眠りの状態です。ですから、わずかな時間でも夢を見やすいのです。それでは、この指を鳴らして一瞬で眠らせる催眠術を、あなたに伝授します。これは少し難しいですよ」
「ぜひお願いします!」

 ひと月ほど経ったある日、自宅にふたりの男が訪れた。男は、バッヂを見せて言った。
「警視庁の者です。坂口さんですね。任意同行をお願いします」
「!任意同行? どういうことです!?」

「この近くのATMで、他人の口座から出金する、あなたの顔が監視カメラに写っていました。あなたは最近、催眠術教室に通っていませんか? 老人を騙す詐欺グループの一味が、催眠術教室をやっていましてね。教室の参加者に催眠をかけて、騙し取った金の出し子をさせていたのです」

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