滝本秀隆 短編小説シリーズ 第10作 「依頼人の謎」

依頼人の謎
 
 見事解決(みごとかいけつ)探偵事務所は、今日も見事に閑古鳥が鳴いていた。
 所長の私は昼食後、いつものようにソファで昼寝を決め込もうと思っていた矢先、訪問者が現れた。
 事務所のドアを開け、入ってきたのは隙なくスーツを着こなした営業マン風の男だ。
「ここは探偵事務所ですよ。部屋をお間違えでは?」
 私は飛び込みセールスマンを追い払うべく、冷ややかな言葉をかけた。
「いえ、仕事の依頼で伺ったのですが」
「こ、これは失礼しました。こちらへどうぞ。輪戸損君、お茶の用意だ!」
 依頼人を応接室に案内し、あらためて私は依頼人の容姿を観察した。年齢は35歳くらいか。髪型は七三に分け、端正な顔立ち。地味だが仕立ての良いスーツ、良く磨かれた靴などを見ると、一流企業に勤めているようだ。年収は800万というところか。
 アシスタントの輪戸損菜乃(ワトソンなの)がお茶を運んできたところで、私は自己紹介した。
「私が見事探偵事務所所長の見事解決です。それでは、ご依頼をお聞きしましょう」
「高野正和と申します。このところ、妻の様子がおかしくて。浮気をしているのではないか、と疑っているのです」
「なるほど。ちなみに結婚されて何年になりますか?」
「5年になります。子供はいません」
「奥様は仕事をされていますか?」
「いえ、専業主婦です」
「高野様のお仕事は?」
「M商事の営業をしております」
 同席した菜乃は、依頼者が話した内容をパソコンに打ち込んでいく。
「それで、奥様の様子がおかしいというのは、具体的にどのような?」
「3ヶ月くらい前から、まず妻の服装が変わりました。以前はブランド系のトレンドファッションが中心だったのが、綿や麻素材の自然派ファッションに変わっていったのです。さらに妻が聞いている音楽も、クラシックからハードロックやプログレッシブロックへと変わりました」
「なるほど。服装や趣味が変わるのは、付き合っている異性の影響が大きいものです。奥様が携帯やメールで連絡を取り合っているということは?」
「夫婦間でもプライベートは大切にしたいと思っているので、スマホを盗み見したりはしません。なので、そういう具体的な証拠は掴んでいませんが、私が出張に出たり残業の時は必ず事前に妻に伝えています。そういう時に相手と逢っているのではないでしょうか」

 ひと月後。私達は高野氏から依頼のあった妻を尾行調査し、決定的な場面を掴んだ。
「奥様の行動を動画で撮影しました。ご覧ください」
 パソコンのモニター映像は、喫茶店の店内から始まった。ひとりでコーヒーを飲んでいる女性。高野の妻だ。そこに、後から店に入ってきた男が妻のテーブルにやってきた。男は、肩まである長髪に濃いサングラス。派手なプリントのTシャツにダメージジーンズ。年齢はよく分からないが、その風貌はミュージシャンかアーティスト、あるいはサーファーのようにも見える。
 男と妻は楽しげに話している。
ふたりが店を出ると、画面が変わった。
 タクシーを後ろから追う映像。某ホテルの玄関で止まり、ふたりが降りた。ふたりが吸い込まれるようにホテルに入ったところで、映像が止まった。
 動画を見て、高野はため息をついた。
「この男性に心当たりはありませんか?」私は高野に聞いた。
「いえ、全く。しかし、私とは全然違うタイプの自由人のような男に妻が惹かれるのは、なんとなく分かります」
「高野さん、この動画だけでも奥様の浮気現場を捉えた証拠になりますが、まだ調査を続行されますか?」
「いいえ、もう十分です。どうもお世話になりました」

 依頼人は調査費用を精算し、報告書と証拠映像のメモリーを受け取ると、がっくりと肩を落として事務所を後にした。
 依頼人が去った後も、菜乃はパソコンの動画に見入っている。
「輪戸損君、どうかしたのかね?」
「所長、ちょっとこれを見てください! 先程の依頼人の奥様の映像で、喫茶店の店内のシーンです。長髪の男が、メニューを見る時にサングラスを外します」
「それで?」
「サングラスを外した男の顔をアップしますので、良く見てください」
「こ、これは! !依頼人の高野氏じゃないか! いったいどういうことだ!?」
「私も不思議に思いました。考えられるのは、高野氏に双子の兄弟がいるか、瓜二つの顔の別人がいるのかです」
「う〜む。依頼人の仕事は完了したが、このミステリーはどういうことなのか、ぜひ突き止めねば」
「双子の兄弟がいるのかどうかは、高野氏に聞けば、すぐに分かりますね」
「そうだな。君から連絡してくれたまえ。くれぐれも、ビデオ映像に高野氏そっくりの人間が映っていたことは伏せてな」
 この謎を最も手っ取り早く解き明かすには、高野氏の妻に直接話を聞くことだ。長髪の男を見つけ出し、素性を調べることもできるが、無駄に手間と費用がかかる。 
 携帯で話していた菜乃がこちらを振り向いた。
「所長! 高野氏と連絡がつきました!高野氏に兄弟はいないそうです」
「そうか。高野氏の奥様にこっそりコンタクトを取るとしよう」

 数日後、私は高野氏には知られず奥様と会う約束に成功した。探偵事務所の者だと言うと最初は警戒されたが、ご主人のことで重要な話がある、と説得した。会うのは買い物の途中なら、ということなのでスーパーマーケット横にあるスターバックスで待ち合わせをした。
「本当は奥様にこういう映像を見せるのは、ルール違反なのですが」と前置きして、私は隠し撮りした映像をパソコンで見せた。
「この長髪の男性は誰なんです? 見たところ、ご主人そっくりに見えるんですがね」
 高野の妻は自分達が隠し撮りされていたことに驚いていたが、やがて観念したかのように口を開いた。
「彼は・・・主人なんです。高野正和です」
「ええっ!?どういうことなんです? 私達はご主人から浮気調査の依頼を受けて、この隠し撮りを行なった。そしてご主人にこの映像を見せたら、ショックを受けていたんですよ!」
「主人は・・・解離性同一性障害、いわゆる多重人格なのです」
「!!それでは、長髪の男性もご主人で、ご主人はそんな男は全く知らない、ということなんですね!」
「その通りです。主人はこのところ仕事でトラブルやクレーム処理が続き、ストレスを抱えていました。そこで、別人格の自分を作ることによって、精神的なバランスを取るようになったのです。主人は日頃堅い仕事をしていますが、以前から潜在的にロックミュージシャンに憧れていました。それが3ヶ月前に、現実に別人格の自分として現れました」
「う〜む」さすがに私も呆れて、一瞬茫然とした。

「別人格のご主人とはどのように知り合ったのですか?」
「昨年10月の末頃です。街を歩いていたら、いきなり長髪、ジーパンの男が現れ、お嬢様、もしお暇ならお茶でも、と声をかけてきたのです」
「ナンパしてきたのですね」
「そうです。でも、顔を見たらすぐに主人と分かりましたし、ちょうどハロウィンの時期でしたから変装をして、私を驚かそうとしたのだと思いました」
「なるほど。当然そう思うでしょうね」
「そして、長髪の主人とカフェに行き、話をしました。でも、すぐに主人の様子がおかしいことに気がつきました。自分の名前はジョージ高橋で、ヘヴィメタルバンドのヴォーカルをやっていると、真顔で言うのです。私は、すぐに主人が解離性同一性障害を起こしているのだ、と気付きました。私は別人格の主人に話を合わせ、その後も何度か誘われ、密会を重ねたのです」
「それで、長髪のご主人と会っているうちにホテルにも行ったと」
「そういう時もありました」
 と、その時トレンチコートを着た男が店内に入ってきた。
 ズカズカと私達の前に来ると、「高野美香、こんなところに居たのか! 私はCIA日本支局のエドワード沢木だ。あなたは、ある組織から狙われている。すぐに逃げないと危険だ!」と捲し立て、高野の妻の腕を掴んだ。
 トレンチコートの男は、高野だった。私はもう驚くこともなかった。
「今度はスパイになったみたいだけれど、大丈夫ですから」
 高野の妻は、私の耳元で囁いた。
「すぐに追っ手がここにやって来るぞ! 一緒に来るんだ!」
 高野と妻は、手をつないでバタバタと店を出て行った。

 私は携帯電話で事務所に連絡を入れた。
「見事だ。高野氏の件は、見事解決したので、今から戻る」
「所長! 解決したって、どういうことです? 長髪の男は誰なんです!?」
「それは事務所に戻って、ゆっくり説明するよ。私も誰か別人になりたい」
「えっ!? 所長、何か言いました?」
「いや、何も言っとらんよ。戻ったら、昼寝をするぞ!」

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第9作 「呪いの仮面」

呪いの仮面

 中米コスタリカへ旅行に行った友人が、土産だと言って怪しげな木彫りの仮面を持って、わが家を訪れた。
 私が世界中の変わった骨董品を集めているのを知っていて、わざわざコスタリカ奥地の村で買ったらしい。 
「山本さん、いつも主人にお土産を買ってきていただいて、すみません」
「こちらは奥様へのお土産です。ご主人へのお土産みたいな変な物じゃありませんから、ご安心ください」
「家内まで土産を買ってもらってすまない。今日はゆっくりできるんだろう? 晩御飯を用意しているんだ。彩花、ワインを持ってきてくれ」   
 山本から旅行の話を聞きながら、私は木彫りの仮面をじっくりと眺めた。
「おどろおどろしい顔をしているな。何か怨念が籠もっているような仮面だ」
「村瀬なら喜ぶと思ってな。普通は売っていない仮面だから、手に入れるのに苦労したんだぞ。何でも、黒魔術に使われる仮面だそうだ」
「そうなのか。気に入った。コレクションのひとつにして、大事にするよ」

 木彫りの仮面を、最初はリビングルームに飾っていたのだが、息子と妻が怖い、気味が悪い、と言うので結局自分の部屋に飾ることにした。
 2週間後、仕事中に家内から携帯に電話がかかってきた。
「どうした?」
「大変なの!優人が、ジャングルジムから落ちたの!」
「何だって! 大丈夫なのか!」
「幸い軽い怪我らしいわ」
「どこの病院だ! とにかく行くよ」

 私はタクシーに乗って、横浜中央病院に駆けつけた。
「あなた、私も今来たところなの」
「優人! 大丈夫か!」
「お父さん、ごめんなさい」
「びっくりしたぞ。元気そうで良かった」
「お子さんは、骨折はしていませんでした。打撲程度で済んで、良かったですね」
 病室にいた医師が言った。
「そうですか。ありがとうございます。本当に大したことがなくて良かった」
 息子は頭のCTスキャンも撮って、特に異常は無かったので、その日のうちに退院した。 
 さらに2週間後、今度は警察から会社に電話があった。
「村瀬さんですか? こちらは横浜北署です。奥様が交通事故に遭って、救急車で運ばれました」
「何ですって! 怪我の具合は?」
「命に別状はありません。奥様の車にタクシーが追突したのです。おそらく、むち打ちではないかと。病院は・・・」
「わかりました。すぐに行きます」 
 私は息子、家内、と立て続けに起こった事故に疑念を抱いた。山本が持ってきた、あの怪しげな仮面。もしかしたら、あの仮面は呪いの仮面ではないのか? 私は心霊現象やオカルト的な事は一切信じなかった。しかし、今回ばかりは、変な胸騒ぎを覚えた。いずれにしても、次私の身に何かあれば洒落にならない。私は外出時には、事故に遭わないように極力身辺に気をつけた。

 家内は、1週間ほどで無事退院できた。幸い後遺症は無さそうだ。
 その後、私の会社では大幅な人事異動があった。ひと月前、私の勤める会社は外資の企業に吸収合併されていた。いったい人事はどうなるのか、社員全員戦々恐々としていたのだが、ついに先日発表があった。
 私は子会社に飛ばされることになった。特別高い能力を持っている訳でもない社員は、ことごとく系列会社か子会社に回されたのだ。
 子会社に飛ばされた私は、地獄とまでは言わないが、辛い日々が待っていた。慣れない営業セールスをすることになり、なかなか成果が上がらず、売り上げ達成のプレッシャーがきつかった。ストレスが溜まる一方で、酒を飲む量だけが増えていった。

 そして、ある日の朝、出社しようと玄関を出たところで、身体が動かなくなった。一体何が起こったのか、分からなかった。その後、急速に記憶が無くなった。

 気がついた時、私は病室にいた。妻と私の両親の姿が見えた。
「あなた、目が覚めたのね!」
「何があったんだ? 全然覚えていないんだ」
「あなたは脳梗塞で倒れたのよ。すぐに手術を受けることができたから、身体の麻痺は軽くすみそうよ」
「そうだったのか。確かに左の手足が動かないな」
「彰彦、脳梗塞の原因は、高血圧、酒、ストレスらしいじゃないか。家族を持っているんだから、もっと自分の健康に気を付けないと駄目だ」
「まあまあ、彰彦さんも会社を変わって大変だったのよ」
 両親の言葉に私は謝るしかなかった。
「すみません。きちんと健康管理が出来なかった僕が悪いのです。リハビリを頑張って、できるだけ早く仕事に復帰できるようにしたいと思います」
「あなた、仕事のことは考えないで、ゆっくり治療に専念してください」

 数日して、友人の山本が見舞いにやって来た。
「村瀬! 大変だったな! 奥さんから聞いてびっくりしたよ」
 私は、山本の顔を見て、例の仮面のことを急に思い出した。
「山本!お前が持って来たあの仮面の正体は何なんだ! 呪われた仮面じゃないのか!? 仮面が来てから、息子と家内が事故に遭い、あげくに俺はこの体たらくだ!」
 バイタル機器がピピピピピ・・・と異常を知らせた。血圧の数値がどんどん上がっている。
「村瀬、興奮するんじゃない!」
 看護師が急いで病室に入って来た。血圧数値を見て、携帯を取り出し連絡した。
「505号室の村瀬さんが危険な状態です!先生をお願いします!」

 意識を失いつつある私に呼び掛ける、山本の声が遠くに聞こえた。
「村瀬、お前が疑うのも仕方ないが、あの仮面は、呪いの仮面でもなんでもない。土産屋で20ドルで買った量産品なんだよ!」
 

我慢の限界

何が我慢の限界かというと「韓国」です。

徴用工問題(実際は徴用工ではなく、戦時中の朝鮮人労働者雇用問題です。いや問題ではありません。)、海上自衛隊航空機に対するミサイル管制レーダー波照射問題。2年前に解決済みの従軍慰安婦問題。

今日の文大統領の記者会見での徴用工問題での発言である。すでに1965年に解決済みの問題を韓国最高裁が日本企業に対して有罪判決を下し、賠償金の強制執行を三権分立という屁理屈で政治問題とするなとの発言。全く話にならない。

もうこんな国とは付き合いきれない。今すぐにでも国交断絶すべきである。

国交断絶までいかなくとも、強烈な報復措置をとるべきである。そうしないことには、ますます付け上がって日本を舐めてかかってくる。この国に対しては、日本らしい奥ゆかしさや優しさを捨てるべきである。

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第8作「少女と車泥棒」

少女と車泥棒

大阪・S市にあるS浜シーサイドステージは映画館、スーパー銭湯、パチンコ屋などが並ぶ大型複合娯楽施設だ。広大な駐車場は、2千台の収容台数を誇る。
 駐車されているシルバーのレンジローバーに、ひとりの男が近づいた。ポケットから小さな道具を取り出すと、鍵穴に差し込みわずか30秒ほどでドアを開け、車に乗り込んだ。さらに特殊な装置を使ってエンジンをかけると、静かに車をスタートさせた。
「レンジローバー・スポーツか。確かに値段が高いだけに、いい車だ」男は運転しながら独りごちた。
 そして、室内のミラーをのぞくと、女の子の顔が真ん中にあった。
「わあ!!」男は幽霊でも見たようなリアクションでのけぞった。
「おっちゃん、だれ?」5歳くらいの女の子が言った。
「ビックリしたなあ! ずっと車に乗ってたんか?」
「さっきまで寝てた。お母さんはどこ?」
「お母さんはパチンコしてるんとちゃうか?」
「ふ〜ん。わたしは誘拐されたん?」
「誘拐! アホなこと言うな。おっちゃんは、車泥棒や! お嬢さんはおまけみたいなもんや」
「わたしはおまけなん」
「しかし、困ったな。誘拐ではない証拠に、子供は返さなあかん。警察に届ける訳にもいかんし」
「おっちゃん、おしっこ。おなかもへった」
「トイレに飯か」
「おっちゃん、そこにイオンがあるから行って!」
「よう知ってるなぁ」
 男は子供に言われるまま、イオンの駐車場へ入った。
 子供をトイレに連れて行き、フードコートをうろついた。
「何食べたいんや?」
「たこ焼きとアイスクリーム」
「同時に食べられへんやろ。アイスは、たこ焼きを食べてからや」
 男は、たこ焼きと自分の分は焼きそばを注文した。
 子供と一緒に食事をしながら、男はどうやって子供を親に返そうかと考えていた。モールの中で迷子になる子供は多い。このまま自分が居なくなっても、子供はモールの係員に保護され、無事親の元に返されることだろう。
「食べとってな。おっちゃんはトイレに行って来るから」

 男はトイレに行くふりをして、駐車場へ向かった。モールの駐車場はだだっ広いので、駐車した場所の記号を覚えていた。確かに車を停めた場所に来たのだが・・・車がなかった。
「どういうことだ!?」 
 じきに男は車がない理由に気づいた。盗まれたのだ。ドアロックも掛けていないので、盗難は楽だっただろう。
「おっちゃん! わたしを置いていったらあかんやん!」
 子供が腕組みして、男の前に立ち塞がった。よくこの場所を覚えていたものだ。
「ごめん、ごめん。車に忘れ物をして、取りに来たんや。そしたら、車がないんや!」
「なんで車がなくなったん?」
「車泥棒に取られたみたいやな」
「車泥棒が車泥棒に盗まれたんやね」
「なんか、落語のネタみたいになってきたな。しゃーない、電車で帰ろか。お嬢さんの家はどこや?」
 モールは地下鉄御堂筋線のK駅に隣接していた。子供はあまり電車に乗る機会がないのか、地下鉄に乗るとすごく喜んでいる。
 N駅に着いた。改札周辺に数名の警官が張り込んでいる。これはマズい! と思った時、子供が大声で叫んだ。
「おまわりさん! わたし誘拐されたの!」
 警官達が一斉に振り向いた。男が逃げようとした瞬間、更に子供が叫んだ。
「でも、このおっちゃんが助けてくれたの!」

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第7作「強い妻」

強い妻
「お肉もパスタも、美味しかったね〜」
「うん。グルメ好きの友人に勧められた店だったんだ。やはり間違いなかったね」
その日、私と瑛美はイタリアンレストランでディナーを楽しみ、帰るところだった。私達は、地下鉄の駅に向かって歩いていた。正面から二人組の男がこちらへ向かって歩いてくる。
二人組は私達の前に立ち塞がった。実にガラの悪そうな男達だ。
「可愛い姉ちゃんじゃないか。ちょっと俺達に貸してくれよ」
「バカなことを言うな!怪我をする前に道を空けるんだ!」
私は勇気を振り絞って、男達に言った。
「兄さん、ずいぶん威勢がいいねぇ。これが見えないかな」
男達はポケットから光る刃物を取り出し、私達に見せた。その瞬間、私は信じられない光景を目にした。
アクション映画のスローモーション映像のように、瑛美が脚を高く上げると、回し蹴りで男が手に持った刃物を払い落とし、肘突きを顔面に入れた。男は、崩れるように倒れた。
もうひとりの男は、青ざめた表情で戦意を喪失しているようだ。
「さあ、あんたも来なさいよ!」
瑛美は男を手招きしている。
「ひえ〜っ!」
男は倒れている男を見捨てて、飛んで逃げていった。

 

地下鉄の車内で、私達は興奮しながら話し合った。
「瑛美があんなに強いなんて、びっくりしたよ」
「ダイエットのために、5年前からキックボクシングジムに通っているの。でも、実戦で戦ったのは初めてだったから、ドキドキしたよ」
「いや〜、目が覚めるようなキックだったなぁ」
「雅紀の、怪我をする前に道を空けるんだ!のセリフもカッコ良かったよ!」
「あれは、実はビビリながら言ったんだよ」

 

翌日の夜。英国ショットバーで私を含め3人の男が飲んでいた。
「雅紀、話が違うじゃないか!俺は、鼻の骨が折れたんだぞ!」
鼻ギプスが痛々しい男がまくしたてた。
「悪い、悪い、俺も瑛美がまさかあんなに強い女なんて知らなかったんだ。でも、おかげで俺達は上手くゴールできそうだ。ふたりには、とても感謝しているよ」
私は、瑛美の前でカッコいいところを見せようと画策し、ふたりの友人にチンピラの役を頼んだ。ところが、瑛美がキックボクシングをやっているのは誤算だった。瑛美は猛烈に強く、ひとりの友人を瞬時に倒したのだ。

 

 私と瑛美が知り合ったのは、1年前だ。私は映像制作会社で、ディレクター兼カメラマンの仕事をしていた。仕事内容は、企業やショップのPR映像制作が多かった。
あるヨガ教室からPRビデオを制作して欲しいと依頼があり、私はカメラを抱えて教室へ出向いた。事前の打ち合わせ通り、まず通常のレッスンシーンを撮影していった。
3人のインストラクターと15人ほどの生徒が、いきいきとポーズを決めていく。私はビデオカメラのレンズを通して、インストラクターの女性のひとりに釘付けとなった。手足が長く、スリムでしなやかな身体。ショートヘアで、整った目鼻立ち。見ず知らずの女性に、私は一目惚れした。

 

 撮影は無事終了し、編集を終えた映像DVDを私は自ら納品するため、再度ヨガ教室を訪れた。教室のオーナーにお礼をし、帰り際に私は一目惚れしたインストラクターについて聞いてみた。
「篠田瑛美さんね。彼女は、まだ独身よ。恋人募集中って言ってたから、良ければ今、彼女を紹介するね」
「本当ですか!よろしくお願いします!」
こうして、私と瑛美はヨガ教室オーナーの紹介により、付き合いが始まった。
付き合っているうちに、私達は同郷ということが分かり、より親密感を覚えた。数ヶ月デートを重ね、私は彼女にプロポーズをするタイミングを図っていた。友人を雇い、チンピラの前でカッコ良く彼女を守る、という陳腐な計画を企てたのだが、意外な結果に終わった。それでも何とか私は彼女にプロポーズし、OKの返事をもらったのだ。

 

 半年後、私と瑛美は盛大に結婚式を挙げた。新婚旅行は、憧れのニューカレドニアへ行き、新居は荻窪のマンションに構えた。
私の仕事も順調で、結婚生活は順風満帆だった。妻は仕事をしながら、キックボクシングジムには欠かさず通っていた。
妻に誘われ、私も1度はキックボクシングジムの門をくぐった。初心者向けのトレーニングを行ったが、あまりのハードさにわずか1日で根を上げてしまった。しかし、妻の方はどんなにキツい練習をしてもケロリとしている。そして、妻のキックボクシングの技術は、ますます磨きがかかっているようなのだ。どうやら妻には格闘技に関して、天性の才能があるらしい。

 

そんなある日、中学時代の友人3人が、我が家を訪ねてくれた。3人とも地元の岐阜県内にある会社に就職しており、連休を利用して東京に遊びに来たそうだ。
「新婚早々にお邪魔して、すみません」
「何を言っているんだ。とにかく紹介するよ、妻の瑛美だ」
「瑛美です。皆さん、雅紀さんの中学の同級生なんですってね。今でも仲がいいんですね」
「山野です。噂には聞いていたけど、本当にきれいな奥様だ。羨ましいですよ」
「森です。よろしくお願いします!」
「宮部です。奥様も美しいし、お住まいも素敵ですね。部屋のインテリアは、奥様の趣味ですか?センスいいなぁ!」
「お前達、どんなに褒めても何も出ないぞ!」
「それじゃあ、皆さん、乾杯しましょう」
瑛美がみんなのグラスにビールを注いだ。
「かんぱ〜い!」
私達は、それぞれの近況を話したり、中学時代の思い出話に花が咲いた。
瑛美がキッチンに立った時、森がつぶやくように言った。
「瑛美さんで思い出したけど、そういえば、クラスに瑛美っていう名前の女子がいたな」
「ブスでデブの中尾瑛美か。いやなことを思い出させるなよ」
「いじめにあって、自殺未遂をしたことがあったな」
「同じ瑛美でも、美人の奥様とは、えらい違いだ」
久しぶりの再会に私達は大いに盛り上がり、長く話し込んだ。
彼らが帰ってから、妙に気になることがあり、私は中学校の卒業アルバムを探し出し、開いた。
クラスの集合写真の中に中尾瑛美の顔があった。ブスでデブだが、目だけはどこかで見覚えがあった。アルバムに見入っている私の背後に、人の気配を感じた。はっ、と振り向くと笑顔の瑛美が立っていた。

 

「やっと思い出してくれたのね、雅紀さん。中学生の時、私があなた達にずいぶんいじめられた、ブスでデブの中尾瑛美よ。中学を卒業後、私は養女になって名前が篠田に変わったの。これからは、毎日私が雅紀さんをいじめるから、楽しみにしてね」

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