滝本秀隆 短編小説シリーズ 第12作「ドリームホール」

ドリームホール

庭の手入れをしていたら、芝生の一角になにやらもやもやとした影が現れた。
「何だ?あれは」
見ていると、影はまもなくはっきりとした形になった。
「穴だ!」
直径80センチほどの穴が、突如出現したのである。私は庭の地盤が陥没したと思った。穴の周りも陥没する恐れがあるので、おそるおそる近づき、穴の中を覗き込んだ。
穴の中は、漆黒の闇だった。不思議な穴だったが、庭にこんな大きな穴が開いていたら危険で仕方がない。そのうちに埋めるしかないだろう、と思った。

ゴミ出し日のある日、私は生ゴミを出そうとし、ふと思った。そうだ、どうせ埋めるのなら、あの穴の中にゴミを捨てよう。
私は穴の中にゴミを捨てた。ゴミは吸い込まれるように穴の中に落ちていった。不思議なのは、いつでも待っても穴の底に落ちた音がしないことだった。
「どういうことだ?この穴は底無しなのか?」
私は試しに、粗大ごみ出し日に出すつもりだった、壊れたトースターや古いパソコン、古新聞、古着なども庭に持って来て、ばんばん穴に捨てた。やはり、どんなものも穴の中に吸い込まれたまま、着地する音はしない。
宇宙には、ブラックホールというものがあるらしいが、この穴もブラックホールの一種なのではないか?
どんなものでも飲み込んでしまう、庭のブラックホール。私は、ピン!と閃いた。この不思議な穴を利用して、商売をすることができるのではないか!?この日本には、様々な不用品をはじめ、モノを処分したいと考えている人は多い。中には非合法なモノや非常に危険なモノなど、一般の処分業者に頼めず困っている人もいるだろう。そういうヤバいモノの処分なら、高額の処分料を取れると思った。しかし、あまり派手にやると廃棄処分法違反になってしまう。
私はまず地元系のフリマアプリを使って、広告を出した。
ーーーどんな物でも完璧に処分します。不用品からペットの屍体まで。ーーー

意外にも、広告のレスポンスは良かった。一般廃棄できない物の処分に困っている人は多いようで、多くの問い合わせがあった。処分料金の設定は、依頼者と話し合って決めた。
私の家は、普通の住宅街にある。大型トラックに廃棄物を満載して持って来てもらっても困る。そのような専門業者からの依頼は断り、逆に個人が持ち込む不用家電なら、無料で処分を引き受けた。

ある日、くぐもった声の男から電話があった。
「お宅は、少々ヤバいモノでも処分してもらえると聞いたが?」
「どんなものでも処分いたします。モノは何です?」
「死体だよ」
私の身体に戦慄が走った。この男は殺し屋なのか!?
「それは、ヤバい死体なのですか?」
「だとしたら?処分料は、5百万だ。悪くない金額だろう?」
「そうですね、お引き受けしましょう」
数日後、自宅前に黒いワンボックスカーが止まった。依頼人と私は、大きなダンボール箱を車から降ろした。
私はダンボール箱から男の死体を取り出し、素早く穴の中に放り込んだ。かなりヤバい仕事であることは自覚していた。だが、死体であれ何であれ、穴の中に投じてしまえば、何の証拠も残らない。例え警察が自宅に事件の捜索でやって来たとしても、何の痕跡もないのだ。
怪しい男の死体処分依頼は、その後も度々あった。さらに、男から紹介を受けたと言って、また別の人間からも死体処分依頼があった。殺し屋達はいったいどれだけの数の人間を殺しているんだ、とあきれたが、そのおかげで私の方は大幅に売上げが上がった。
その後、私の商売は死体処分専門に切り替え、儲けにならない雑多な物の処分は断るようにした。

アフリカ・セネガル。世界の貧しい国ランキングで常に上位に入っているこの国では、学校にも行けない多くの子供がいる。
乾燥した平原で遊んでいたひとりの少年の前に、小さなつむじ風が起こった。風が止むと、地面に直径80センチほどの穴が開いた。驚いた少年が呆然として見ていると、穴から電機製品や衣類などあらゆる物が吹き出てきた。
「うわっ!すごい」
それらは、少年にとって宝物ばかりだった。壊れた電機製品や古着でも、日本製のそれは高く買いとってくれる店があったのだ。
しかし、ある時から穴からはお宝が出て来なくなった。

「なんだよ、出てくるのは死体ばかりじゃないか!」

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第11作「新生児誘拐」

新生児誘拐

平成13年冬、神戸中央医療センター産婦人科。午前10時、新たな命が生まれた。
「元気な女の子ですよ!」
医師が赤ちゃんを取り上げると、赤ちゃんは精一杯大きな声を出して泣き出した。
「顔を真っ赤にして泣いてる。かわいい!」
伊藤弥生は、無事元気な赤ちゃんが生まれ、安堵した。
子供が生まれたと聞き、弥生の夫や両親もまもなく病院に駆けつけた。
「弥生、頑張ったね。やっぱり女の子は可愛いなぁ!」
ひとり目、ふたり目の子供は男の子だったので、夫は女の子をすごく欲しがっていたのだ。
「元気だったら、男の子でも女の子でもいいよ。なあ」
「そうよ。でも、髪の毛も多いし、しっかりとした赤ちゃんね」
両親は生まれた時から、赤ちゃんにメロメロだ。

弥生に赤ちゃんが生まれて3日目。病院では、大変な騒ぎが起こった。ちょっとした隙に、弥生の赤ちゃんがいなくなったのだ。
「いったいどこに行ったっていうの!」
弥生は半狂乱のようになっていた。連絡を受け、夫も仕事をほっぽり出して病院に駆けつけた。夫は、院長に食ってかかった。
「どういうことなんです!?」
「赤ちゃんは、何者かにさらわれたとしか考えられません。このフロアの全ての部屋は、汲まなく探しましたが、見つかりませんでした」
「さらわれた!?さらわれたで済む問題ですか!私達の大切な子供なんですよ!」

通報を受け、兵庫県警の捜査員がまもなく病院へやって来た。誘拐事件として捜査が始まった。捜査員たちは、医師や看護師、赤ちゃんの両親から事情聴取を行った。聴取の後、捜査員のひとりが話した。
「伊藤さん、良く聞いてください。新生児誘拐は、金銭目的より子供が欲しいと思っている女性が犯行に及んだケースが多いのです。とはいえ、犯人から要求の連絡があるかも知れません。もし犯人から金銭の要求があれば、犯人を刺激しないように、とにかく要求を飲んでください」
「分かりました。携帯電話は、いつでも出れるようにしておきます」

県警では捜査本部が置かれ、多数の捜査員が投入され目撃者探しや病院周辺の聞き込みが行われた。また、誘拐事件では報道規制が行われるのが常だが、2日経っても犯人からの連絡がなかったため、報道機関向けの記者会見が行われた。
新生児誘拐事件は一般のニュースや昼のワイドショーで大きく報道された。世間でもこの事件は話題になり、県警には多くの目撃情報が寄せられた。しかし、ほとんどの情報は事件とは無関係だった。
伊藤夫婦はテレビ番組にも出演し、犯人に対して子供を返すように呼び掛けた。
結局、犯人からの連絡もなく、何の手掛かりもなく、子供は見つからないまま、18年が経った。

平成31年冬。
巨大なショッピングモールの駐車場で、伊藤弥生は指定された車を探していた。
「黒のスバル・レヴォーグ?どんな車なの?ナンバーは、5648か」
苦労して、やっと車を見つけた。弥生は運転席の窓をノックした。窓は音もなく下がり、男のくぐもった声が聞こえた。
「伊藤さんか?」
「そうです」
「助手席に乗るんだ」
助手席に乗り込んだ弥生は男の顔を見たが、黒いハット、サングラスにマスクをしていて、素顔は全く分からなかった。
「伊藤弥生です。よろしくお願いします」
「私は黒木。要件だけを聞こう」
「はい、・・・18年前に私の子供を誘拐した女を、殺して欲しいのです」
「もう少し詳しく話して」
「私は18年前に子供を出産しました。ところが、3日後にその子供が突如病院からいなくなったのです。子供は何者かに誘拐され、全く行方は分かりませんでした。それでも私は、親の執念で子供を探し続けました。ついに3ヵ月前、私の顔に似た18歳の娘を見つけ出しました。唯一の特徴である、口の横にホクロがあったのです。私は娘を尾行し、住んでいる家を見つけました。その後は探偵事務所に頼んで、家族や子供の出生届について調査してもらいました。結果、娘は私の子供に間違いないことが分かりました。娘のニセの母親の名前は、中尾由梨花、45歳です。私の赤ちゃんを盗み、18年間、ぬけぬけと暮らしてきた憎き女です。私を18年間苦しめ続けた女を絶対に許すことはできません」
「なるほど。女を処罰するのなら、警察に通報することは考えなかったのですか?」
「18年も経っているので、すでに時効です。それに、懲役刑では全く納得できません」
「そうですか。女を始末する費用は、1千万円、前金が500万円です。用意できますか?」
「はい。前金はここに持ってきています。それと、これが女の写真と資料です」
「それでは、私なりにもう少し調査して、仕事にかかります。完了したら、連絡します」

黒木はいつものように依頼された仕事にかかる前に綿密な調査を開始した。始末する女のことだけでなく、依頼者の伊藤弥生についても詳しく調べた。すると、意外な事実が浮かび上がった。

弥生のスマホに、黒木から連絡が入った。
「伊藤です。仕事が完了したのですか?」
「いえ、まだ終わっていません。あなたに少しお聞きしたいことがあるのです。あなたの子供が行方不明になる1年前、ふたり目のお子さん、確か2歳だったと思いますが亡くなっていますね。そして、子供が行方不明になった1年後には、離婚して旦那さんがひとり目のお子さんを引きとっている」
「何がいいたいの!?私の依頼とは関係のない話でしょう!」
「関係は大有りなのです。私は、離婚された旦那さんに詳しく話をお聞きしました。すると、あなたは自分の子供をずいぶんと虐待していたというじゃありませんか。キレやすい性格で、ストレスがたまると子供にあたってしまう。飲酒の依存症でもあったそうですね。旦那さんは、このままでは子供が殺されてしまうと思い、離婚して子供を引きとったとお聞きしました。ふたり目のお子さんが亡くなったのも、あなたが虐待して死なせたのではありませんか?」
「何を勝手なことを言ってるの!子供が亡くなったのは、ただの事故よ。警察の現場検証でも事故として処理しているんだから、何の問題も無いわ」
「そうですかね。私は、あなたの自宅周辺でも、近所の方々に聞き込みを行いました。近所の方は、ずいぶん昔のことなのに、しょっちゅうあなたが子供を叱っている声を聞いた、と覚えていました。当時、子供も身体に青アザが絶えなかったとも言っていましたよ」
「刑事でもないのに、何を聞き込みをしているのよ!」
「それだけではない。ふたり目のお子さんが亡くなった時、2千万円の死亡保険金を受け取っている。これは子供にかける保険金としては異例に高額だ」
「そんなことどうでもいいでしょう!」
「伊藤さん、私の判断は、こうです。あなたには、どうやら子供への虐待癖があるようだ。母親として、子供を育てる能力が欠落している。となると、あなたの3人目のお子さんは、何者かに誘拐された方が、子供にとって幸せだったのではないでしょうか?実際、今暮らしている母娘はとても幸せそうでした。中尾由梨花さんは、子供を立派に育て上げました。娘さんは、今年京都の大学に合格し、楽しそうに通っています」
「幸せそうに暮らしているっていうのが、我慢ならないのよ!さっさと母親を消して!それがあなたの仕事でしょう!」
「あなたは、話の分からない人だな。私は今回、あなたからの依頼を受ける気はない。まともに子供を育てることもできないあなたが、中尾由梨花を始末する資格は無い。さらに、今後あなたが中尾由梨花や娘に近づくことを私は許さない。もし、近づいた時は、私があなたを始末しますので、そのつもりで」

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第10作 「依頼人の謎」

依頼人の謎
 
 見事解決(みごとかいけつ)探偵事務所は、今日も見事に閑古鳥が鳴いていた。
 所長の私は昼食後、いつものようにソファで昼寝を決め込もうと思っていた矢先、訪問者が現れた。
 事務所のドアを開け、入ってきたのは隙なくスーツを着こなした営業マン風の男だ。
「ここは探偵事務所ですよ。部屋をお間違えでは?」
 私は飛び込みセールスマンを追い払うべく、冷ややかな言葉をかけた。
「いえ、仕事の依頼で伺ったのですが」
「こ、これは失礼しました。こちらへどうぞ。輪戸損君、お茶の用意だ!」
 依頼人を応接室に案内し、あらためて私は依頼人の容姿を観察した。年齢は35歳くらいか。髪型は七三に分け、端正な顔立ち。地味だが仕立ての良いスーツ、良く磨かれた靴などを見ると、一流企業に勤めているようだ。年収は800万というところか。
 アシスタントの輪戸損菜乃(ワトソンなの)がお茶を運んできたところで、私は自己紹介した。
「私が見事探偵事務所所長の見事解決です。それでは、ご依頼をお聞きしましょう」
「高野正和と申します。このところ、妻の様子がおかしくて。浮気をしているのではないか、と疑っているのです」
「なるほど。ちなみに結婚されて何年になりますか?」
「5年になります。子供はいません」
「奥様は仕事をされていますか?」
「いえ、専業主婦です」
「高野様のお仕事は?」
「M商事の営業をしております」
 同席した菜乃は、依頼者が話した内容をパソコンに打ち込んでいく。
「それで、奥様の様子がおかしいというのは、具体的にどのような?」
「3ヶ月くらい前から、まず妻の服装が変わりました。以前はブランド系のトレンドファッションが中心だったのが、綿や麻素材の自然派ファッションに変わっていったのです。さらに妻が聞いている音楽も、クラシックからハードロックやプログレッシブロックへと変わりました」
「なるほど。服装や趣味が変わるのは、付き合っている異性の影響が大きいものです。奥様が携帯やメールで連絡を取り合っているということは?」
「夫婦間でもプライベートは大切にしたいと思っているので、スマホを盗み見したりはしません。なので、そういう具体的な証拠は掴んでいませんが、私が出張に出たり残業の時は必ず事前に妻に伝えています。そういう時に相手と逢っているのではないでしょうか」

 ひと月後。私達は高野氏から依頼のあった妻を尾行調査し、決定的な場面を掴んだ。
「奥様の行動を動画で撮影しました。ご覧ください」
 パソコンのモニター映像は、喫茶店の店内から始まった。ひとりでコーヒーを飲んでいる女性。高野の妻だ。そこに、後から店に入ってきた男が妻のテーブルにやってきた。男は、肩まである長髪に濃いサングラス。派手なプリントのTシャツにダメージジーンズ。年齢はよく分からないが、その風貌はミュージシャンかアーティスト、あるいはサーファーのようにも見える。
 男と妻は楽しげに話している。
ふたりが店を出ると、画面が変わった。
 タクシーを後ろから追う映像。某ホテルの玄関で止まり、ふたりが降りた。ふたりが吸い込まれるようにホテルに入ったところで、映像が止まった。
 動画を見て、高野はため息をついた。
「この男性に心当たりはありませんか?」私は高野に聞いた。
「いえ、全く。しかし、私とは全然違うタイプの自由人のような男に妻が惹かれるのは、なんとなく分かります」
「高野さん、この動画だけでも奥様の浮気現場を捉えた証拠になりますが、まだ調査を続行されますか?」
「いいえ、もう十分です。どうもお世話になりました」

 依頼人は調査費用を精算し、報告書と証拠映像のメモリーを受け取ると、がっくりと肩を落として事務所を後にした。
 依頼人が去った後も、菜乃はパソコンの動画に見入っている。
「輪戸損君、どうかしたのかね?」
「所長、ちょっとこれを見てください! 先程の依頼人の奥様の映像で、喫茶店の店内のシーンです。長髪の男が、メニューを見る時にサングラスを外します」
「それで?」
「サングラスを外した男の顔をアップしますので、良く見てください」
「こ、これは! !依頼人の高野氏じゃないか! いったいどういうことだ!?」
「私も不思議に思いました。考えられるのは、高野氏に双子の兄弟がいるか、瓜二つの顔の別人がいるのかです」
「う〜む。依頼人の仕事は完了したが、このミステリーはどういうことなのか、ぜひ突き止めねば」
「双子の兄弟がいるのかどうかは、高野氏に聞けば、すぐに分かりますね」
「そうだな。君から連絡してくれたまえ。くれぐれも、ビデオ映像に高野氏そっくりの人間が映っていたことは伏せてな」
 この謎を最も手っ取り早く解き明かすには、高野氏の妻に直接話を聞くことだ。長髪の男を見つけ出し、素性を調べることもできるが、無駄に手間と費用がかかる。 
 携帯で話していた菜乃がこちらを振り向いた。
「所長! 高野氏と連絡がつきました!高野氏に兄弟はいないそうです」
「そうか。高野氏の奥様にこっそりコンタクトを取るとしよう」

 数日後、私は高野氏には知られず奥様と会う約束に成功した。探偵事務所の者だと言うと最初は警戒されたが、ご主人のことで重要な話がある、と説得した。会うのは買い物の途中なら、ということなのでスーパーマーケット横にあるスターバックスで待ち合わせをした。
「本当は奥様にこういう映像を見せるのは、ルール違反なのですが」と前置きして、私は隠し撮りした映像をパソコンで見せた。
「この長髪の男性は誰なんです? 見たところ、ご主人そっくりに見えるんですがね」
 高野の妻は自分達が隠し撮りされていたことに驚いていたが、やがて観念したかのように口を開いた。
「彼は・・・主人なんです。高野正和です」
「ええっ!?どういうことなんです? 私達はご主人から浮気調査の依頼を受けて、この隠し撮りを行なった。そしてご主人にこの映像を見せたら、ショックを受けていたんですよ!」
「主人は・・・解離性同一性障害、いわゆる多重人格なのです」
「!!それでは、長髪の男性もご主人で、ご主人はそんな男は全く知らない、ということなんですね!」
「その通りです。主人はこのところ仕事でトラブルやクレーム処理が続き、ストレスを抱えていました。そこで、別人格の自分を作ることによって、精神的なバランスを取るようになったのです。主人は日頃堅い仕事をしていますが、以前から潜在的にロックミュージシャンに憧れていました。それが3ヶ月前に、現実に別人格の自分として現れました」
「う〜む」さすがに私も呆れて、一瞬茫然とした。

「別人格のご主人とはどのように知り合ったのですか?」
「昨年10月の末頃です。街を歩いていたら、いきなり長髪、ジーパンの男が現れ、お嬢様、もしお暇ならお茶でも、と声をかけてきたのです」
「ナンパしてきたのですね」
「そうです。でも、顔を見たらすぐに主人と分かりましたし、ちょうどハロウィンの時期でしたから変装をして、私を驚かそうとしたのだと思いました」
「なるほど。当然そう思うでしょうね」
「そして、長髪の主人とカフェに行き、話をしました。でも、すぐに主人の様子がおかしいことに気がつきました。自分の名前はジョージ高橋で、ヘヴィメタルバンドのヴォーカルをやっていると、真顔で言うのです。私は、すぐに主人が解離性同一性障害を起こしているのだ、と気付きました。私は別人格の主人に話を合わせ、その後も何度か誘われ、密会を重ねたのです」
「それで、長髪のご主人と会っているうちにホテルにも行ったと」
「そういう時もありました」
 と、その時トレンチコートを着た男が店内に入ってきた。
 ズカズカと私達の前に来ると、「高野美香、こんなところに居たのか! 私はCIA日本支局のエドワード沢木だ。あなたは、ある組織から狙われている。すぐに逃げないと危険だ!」と捲し立て、高野の妻の腕を掴んだ。
 トレンチコートの男は、高野だった。私はもう驚くこともなかった。
「今度はスパイになったみたいだけれど、大丈夫ですから」
 高野の妻は、私の耳元で囁いた。
「すぐに追っ手がここにやって来るぞ! 一緒に来るんだ!」
 高野と妻は、手をつないでバタバタと店を出て行った。

 私は携帯電話で事務所に連絡を入れた。
「見事だ。高野氏の件は、見事解決したので、今から戻る」
「所長! 解決したって、どういうことです? 長髪の男は誰なんです!?」
「それは事務所に戻って、ゆっくり説明するよ。私も誰か別人になりたい」
「えっ!? 所長、何か言いました?」
「いや、何も言っとらんよ。戻ったら、昼寝をするぞ!」

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第9作 「呪いの仮面」

呪いの仮面

 中米コスタリカへ旅行に行った友人が、土産だと言って怪しげな木彫りの仮面を持って、わが家を訪れた。
 私が世界中の変わった骨董品を集めているのを知っていて、わざわざコスタリカ奥地の村で買ったらしい。 
「山本さん、いつも主人にお土産を買ってきていただいて、すみません」
「こちらは奥様へのお土産です。ご主人へのお土産みたいな変な物じゃありませんから、ご安心ください」
「家内まで土産を買ってもらってすまない。今日はゆっくりできるんだろう? 晩御飯を用意しているんだ。彩花、ワインを持ってきてくれ」   
 山本から旅行の話を聞きながら、私は木彫りの仮面をじっくりと眺めた。
「おどろおどろしい顔をしているな。何か怨念が籠もっているような仮面だ」
「村瀬なら喜ぶと思ってな。普通は売っていない仮面だから、手に入れるのに苦労したんだぞ。何でも、黒魔術に使われる仮面だそうだ」
「そうなのか。気に入った。コレクションのひとつにして、大事にするよ」

 木彫りの仮面を、最初はリビングルームに飾っていたのだが、息子と妻が怖い、気味が悪い、と言うので結局自分の部屋に飾ることにした。
 2週間後、仕事中に家内から携帯に電話がかかってきた。
「どうした?」
「大変なの!優人が、ジャングルジムから落ちたの!」
「何だって! 大丈夫なのか!」
「幸い軽い怪我らしいわ」
「どこの病院だ! とにかく行くよ」

 私はタクシーに乗って、横浜中央病院に駆けつけた。
「あなた、私も今来たところなの」
「優人! 大丈夫か!」
「お父さん、ごめんなさい」
「びっくりしたぞ。元気そうで良かった」
「お子さんは、骨折はしていませんでした。打撲程度で済んで、良かったですね」
 病室にいた医師が言った。
「そうですか。ありがとうございます。本当に大したことがなくて良かった」
 息子は頭のCTスキャンも撮って、特に異常は無かったので、その日のうちに退院した。 
 さらに2週間後、今度は警察から会社に電話があった。
「村瀬さんですか? こちらは横浜北署です。奥様が交通事故に遭って、救急車で運ばれました」
「何ですって! 怪我の具合は?」
「命に別状はありません。奥様の車にタクシーが追突したのです。おそらく、むち打ちではないかと。病院は・・・」
「わかりました。すぐに行きます」 
 私は息子、家内、と立て続けに起こった事故に疑念を抱いた。山本が持ってきた、あの怪しげな仮面。もしかしたら、あの仮面は呪いの仮面ではないのか? 私は心霊現象やオカルト的な事は一切信じなかった。しかし、今回ばかりは、変な胸騒ぎを覚えた。いずれにしても、次私の身に何かあれば洒落にならない。私は外出時には、事故に遭わないように極力身辺に気をつけた。

 家内は、1週間ほどで無事退院できた。幸い後遺症は無さそうだ。
 その後、私の会社では大幅な人事異動があった。ひと月前、私の勤める会社は外資の企業に吸収合併されていた。いったい人事はどうなるのか、社員全員戦々恐々としていたのだが、ついに先日発表があった。
 私は子会社に飛ばされることになった。特別高い能力を持っている訳でもない社員は、ことごとく系列会社か子会社に回されたのだ。
 子会社に飛ばされた私は、地獄とまでは言わないが、辛い日々が待っていた。慣れない営業セールスをすることになり、なかなか成果が上がらず、売り上げ達成のプレッシャーがきつかった。ストレスが溜まる一方で、酒を飲む量だけが増えていった。

 そして、ある日の朝、出社しようと玄関を出たところで、身体が動かなくなった。一体何が起こったのか、分からなかった。その後、急速に記憶が無くなった。

 気がついた時、私は病室にいた。妻と私の両親の姿が見えた。
「あなた、目が覚めたのね!」
「何があったんだ? 全然覚えていないんだ」
「あなたは脳梗塞で倒れたのよ。すぐに手術を受けることができたから、身体の麻痺は軽くすみそうよ」
「そうだったのか。確かに左の手足が動かないな」
「彰彦、脳梗塞の原因は、高血圧、酒、ストレスらしいじゃないか。家族を持っているんだから、もっと自分の健康に気を付けないと駄目だ」
「まあまあ、彰彦さんも会社を変わって大変だったのよ」
 両親の言葉に私は謝るしかなかった。
「すみません。きちんと健康管理が出来なかった僕が悪いのです。リハビリを頑張って、できるだけ早く仕事に復帰できるようにしたいと思います」
「あなた、仕事のことは考えないで、ゆっくり治療に専念してください」

 数日して、友人の山本が見舞いにやって来た。
「村瀬! 大変だったな! 奥さんから聞いてびっくりしたよ」
 私は、山本の顔を見て、例の仮面のことを急に思い出した。
「山本!お前が持って来たあの仮面の正体は何なんだ! 呪われた仮面じゃないのか!? 仮面が来てから、息子と家内が事故に遭い、あげくに俺はこの体たらくだ!」
 バイタル機器がピピピピピ・・・と異常を知らせた。血圧の数値がどんどん上がっている。
「村瀬、興奮するんじゃない!」
 看護師が急いで病室に入って来た。血圧数値を見て、携帯を取り出し連絡した。
「505号室の村瀬さんが危険な状態です!先生をお願いします!」

 意識を失いつつある私に呼び掛ける、山本の声が遠くに聞こえた。
「村瀬、お前が疑うのも仕方ないが、あの仮面は、呪いの仮面でもなんでもない。土産屋で20ドルで買った量産品なんだよ!」
 

滝本秀隆 短編小説シリーズ 第8作「少女と車泥棒」

少女と車泥棒

大阪・S市にあるS浜シーサイドステージは映画館、スーパー銭湯、パチンコ屋などが並ぶ大型複合娯楽施設だ。広大な駐車場は、2千台の収容台数を誇る。
 駐車されているシルバーのレンジローバーに、ひとりの男が近づいた。ポケットから小さな道具を取り出すと、鍵穴に差し込みわずか30秒ほどでドアを開け、車に乗り込んだ。さらに特殊な装置を使ってエンジンをかけると、静かに車をスタートさせた。
「レンジローバー・スポーツか。確かに値段が高いだけに、いい車だ」男は運転しながら独りごちた。
 そして、室内のミラーをのぞくと、女の子の顔が真ん中にあった。
「わあ!!」男は幽霊でも見たようなリアクションでのけぞった。
「おっちゃん、だれ?」5歳くらいの女の子が言った。
「ビックリしたなあ! ずっと車に乗ってたんか?」
「さっきまで寝てた。お母さんはどこ?」
「お母さんはパチンコしてるんとちゃうか?」
「ふ〜ん。わたしは誘拐されたん?」
「誘拐! アホなこと言うな。おっちゃんは、車泥棒や! お嬢さんはおまけみたいなもんや」
「わたしはおまけなん」
「しかし、困ったな。誘拐ではない証拠に、子供は返さなあかん。警察に届ける訳にもいかんし」
「おっちゃん、おしっこ。おなかもへった」
「トイレに飯か」
「おっちゃん、そこにイオンがあるから行って!」
「よう知ってるなぁ」
 男は子供に言われるまま、イオンの駐車場へ入った。
 子供をトイレに連れて行き、フードコートをうろついた。
「何食べたいんや?」
「たこ焼きとアイスクリーム」
「同時に食べられへんやろ。アイスは、たこ焼きを食べてからや」
 男は、たこ焼きと自分の分は焼きそばを注文した。
 子供と一緒に食事をしながら、男はどうやって子供を親に返そうかと考えていた。モールの中で迷子になる子供は多い。このまま自分が居なくなっても、子供はモールの係員に保護され、無事親の元に返されることだろう。
「食べとってな。おっちゃんはトイレに行って来るから」

 男はトイレに行くふりをして、駐車場へ向かった。モールの駐車場はだだっ広いので、駐車した場所の記号を覚えていた。確かに車を停めた場所に来たのだが・・・車がなかった。
「どういうことだ!?」 
 じきに男は車がない理由に気づいた。盗まれたのだ。ドアロックも掛けていないので、盗難は楽だっただろう。
「おっちゃん! わたしを置いていったらあかんやん!」
 子供が腕組みして、男の前に立ち塞がった。よくこの場所を覚えていたものだ。
「ごめん、ごめん。車に忘れ物をして、取りに来たんや。そしたら、車がないんや!」
「なんで車がなくなったん?」
「車泥棒に取られたみたいやな」
「車泥棒が車泥棒に盗まれたんやね」
「なんか、落語のネタみたいになってきたな。しゃーない、電車で帰ろか。お嬢さんの家はどこや?」
 モールは地下鉄御堂筋線のK駅に隣接していた。子供はあまり電車に乗る機会がないのか、地下鉄に乗るとすごく喜んでいる。
 N駅に着いた。改札周辺に数名の警官が張り込んでいる。これはマズい! と思った時、子供が大声で叫んだ。
「おまわりさん! わたし誘拐されたの!」
 警官達が一斉に振り向いた。男が逃げようとした瞬間、更に子供が叫んだ。
「でも、このおっちゃんが助けてくれたの!」