滝本秀隆 短編小説シリーズ 第9作 「呪いの仮面」

呪いの仮面

 中米コスタリカへ旅行に行った友人が、土産だと言って怪しげな木彫りの仮面を持って、わが家を訪れた。
 私が世界中の変わった骨董品を集めているのを知っていて、わざわざコスタリカ奥地の村で買ったらしい。 
「山本さん、いつも主人にお土産を買ってきていただいて、すみません」
「こちらは奥様へのお土産です。ご主人へのお土産みたいな変な物じゃありませんから、ご安心ください」
「家内まで土産を買ってもらってすまない。今日はゆっくりできるんだろう? 晩御飯を用意しているんだ。彩花、ワインを持ってきてくれ」   
 山本から旅行の話を聞きながら、私は木彫りの仮面をじっくりと眺めた。
「おどろおどろしい顔をしているな。何か怨念が籠もっているような仮面だ」
「村瀬なら喜ぶと思ってな。普通は売っていない仮面だから、手に入れるのに苦労したんだぞ。何でも、黒魔術に使われる仮面だそうだ」
「そうなのか。気に入った。コレクションのひとつにして、大事にするよ」

 木彫りの仮面を、最初はリビングルームに飾っていたのだが、息子と妻が怖い、気味が悪い、と言うので結局自分の部屋に飾ることにした。
 2週間後、仕事中に家内から携帯に電話がかかってきた。
「どうした?」
「大変なの!優人が、ジャングルジムから落ちたの!」
「何だって! 大丈夫なのか!」
「幸い軽い怪我らしいわ」
「どこの病院だ! とにかく行くよ」

 私はタクシーに乗って、横浜中央病院に駆けつけた。
「あなた、私も今来たところなの」
「優人! 大丈夫か!」
「お父さん、ごめんなさい」
「びっくりしたぞ。元気そうで良かった」
「お子さんは、骨折はしていませんでした。打撲程度で済んで、良かったですね」
 病室にいた医師が言った。
「そうですか。ありがとうございます。本当に大したことがなくて良かった」
 息子は頭のCTスキャンも撮って、特に異常は無かったので、その日のうちに退院した。 
 さらに2週間後、今度は警察から会社に電話があった。
「村瀬さんですか? こちらは横浜北署です。奥様が交通事故に遭って、救急車で運ばれました」
「何ですって! 怪我の具合は?」
「命に別状はありません。奥様の車にタクシーが追突したのです。おそらく、むち打ちではないかと。病院は・・・」
「わかりました。すぐに行きます」 
 私は息子、家内、と立て続けに起こった事故に疑念を抱いた。山本が持ってきた、あの怪しげな仮面。もしかしたら、あの仮面は呪いの仮面ではないのか? 私は心霊現象やオカルト的な事は一切信じなかった。しかし、今回ばかりは、変な胸騒ぎを覚えた。いずれにしても、次私の身に何かあれば洒落にならない。私は外出時には、事故に遭わないように極力身辺に気をつけた。

 家内は、1週間ほどで無事退院できた。幸い後遺症は無さそうだ。
 その後、私の会社では大幅な人事異動があった。ひと月前、私の勤める会社は外資の企業に吸収合併されていた。いったい人事はどうなるのか、社員全員戦々恐々としていたのだが、ついに先日発表があった。
 私は子会社に飛ばされることになった。特別高い能力を持っている訳でもない社員は、ことごとく系列会社か子会社に回されたのだ。
 子会社に飛ばされた私は、地獄とまでは言わないが、辛い日々が待っていた。慣れない営業セールスをすることになり、なかなか成果が上がらず、売り上げ達成のプレッシャーがきつかった。ストレスが溜まる一方で、酒を飲む量だけが増えていった。

 そして、ある日の朝、出社しようと玄関を出たところで、身体が動かなくなった。一体何が起こったのか、分からなかった。その後、急速に記憶が無くなった。

 気がついた時、私は病室にいた。妻と私の両親の姿が見えた。
「あなた、目が覚めたのね!」
「何があったんだ? 全然覚えていないんだ」
「あなたは脳梗塞で倒れたのよ。すぐに手術を受けることができたから、身体の麻痺は軽くすみそうよ」
「そうだったのか。確かに左の手足が動かないな」
「彰彦、脳梗塞の原因は、高血圧、酒、ストレスらしいじゃないか。家族を持っているんだから、もっと自分の健康に気を付けないと駄目だ」
「まあまあ、彰彦さんも会社を変わって大変だったのよ」
 両親の言葉に私は謝るしかなかった。
「すみません。きちんと健康管理が出来なかった僕が悪いのです。リハビリを頑張って、できるだけ早く仕事に復帰できるようにしたいと思います」
「あなた、仕事のことは考えないで、ゆっくり治療に専念してください」

 数日して、友人の山本が見舞いにやって来た。
「村瀬! 大変だったな! 奥さんから聞いてびっくりしたよ」
 私は、山本の顔を見て、例の仮面のことを急に思い出した。
「山本!お前が持って来たあの仮面の正体は何なんだ! 呪われた仮面じゃないのか!? 仮面が来てから、息子と家内が事故に遭い、あげくに俺はこの体たらくだ!」
 バイタル機器がピピピピピ・・・と異常を知らせた。血圧の数値がどんどん上がっている。
「村瀬、興奮するんじゃない!」
 看護師が急いで病室に入って来た。血圧数値を見て、携帯を取り出し連絡した。
「505号室の村瀬さんが危険な状態です!先生をお願いします!」

 意識を失いつつある私に呼び掛ける、山本の声が遠くに聞こえた。
「村瀬、お前が疑うのも仕方ないが、あの仮面は、呪いの仮面でもなんでもない。土産屋で20ドルで買った量産品なんだよ!」
 

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