滝本秀隆 短編小説シリーズ 第4作「殺人依頼」

殺人依頼
南裕美は、殺し屋から指定された場所にいた。巨大モールの中にある駐車場だ。クルマにあまり詳しくない裕美は、スバル・レヴォーグと言われても見つけるのがなかなか困難だった。目印に、ハンドルの上にクマのぬいぐるみを置いているからと言われ、かろうじて発見することができた。
レヴォーグの運転席側から窓の中を覗き込もうとすると、ウインドウがスッと下がり、
「助手席に乗るんだ」と押し殺したような声が聞こえた。
裕美は言われた通り助手席側のドアを開け、乗り込んだ。
「南裕美と言います。このたびは、なにとぞよろしくお願いします」
「挨拶は不要です。私の名前は、黒木。それで依頼内容は?」
運転席に座る男は、黒いハットに濃いサングラスをかけているので、素顔は良く分からない。
「夫を・・・消してほしいんです!結婚してから3年間ずっとDVが続いて・・・もう、限界なんです!」
「なるほど。そのマスクは痣を隠すためですか?」
「ええ、いつも傷が絶えないですから」
裕美はマスクを外し、頬の痣を見せた。
「ふむ。ご主人から暴力を受けているのは分かりましたが、殺すというのは、あんまりでは?」
「夫の暴力はどんどんエスカレートしているんです。このままでは、私は夫に殺されてしまいます。」
「そうですか・・・ご主人の写真はありますか?」
「はい、これです。・・・あの、自然な事故に装ってほしいのですが」
「もちろん可能です。そのためには、ご主人の行動パターンや趣味、当面のスケジュールなど、できるだけ多くのデータが必要です」
「それもここに持ってきています」
裕美は多くの資料が入ったA4サイズの封筒を差し出した。男は資料をざっと確認した。
「いいでしょう。仕事の報酬は1千万円ですが、大丈夫ですか?」
「事故死ですと、5千万円の保険金がおります。お金の心配はありません」
「前金は500万円ですよ」
「はい、用意しています」
裕美は分厚い封筒を男に手渡した。男は中身をあらため、納得したようだ。
「残りは、仕事が完了してからいただきます。そうですね、ひと月以内に仕事は終わるでしょう」
「お願いします」


黒木は仕事にかかる前に、いつものように綿密な調査を始めた。ターゲットを尾行し、自宅から会社までの行き帰りを観察し、ターゲットが飲み屋に入れば黒木も続いて店に入った。ターゲットが同僚たちと話をしている内容にも密かに耳を傾けた。
2週間かけて、黒木はターゲットの素行を徹底調査した。

 裕美が昼間ゴルフの打ちっ放しをしている時、携帯の着信音が鳴った。
「黒木です」
「どうしたんですか? 順調にいっています?」
「南さん、ちょっと気になることがあるんですがね」
「何でしょうか!?」
「ご主人のことですが。私が詳しく調査したところ、ご主人はとても穏健で優しい性格のようだ。部下や同僚からの信頼も厚い。酒は弱い方で、酒を飲んで人が変わるということもない」
「何が言いたいの!?」
「どう考えても、ご主人は人に暴力を振るうような人間には見えない」
「主人は外ではネコを被っているのよ! 家の中では暴力男に豹変するの! 前金も渡しているんだから、ちゃんと仕事を遂行して!」
「わかりました。それでは」


4週間後、マカオでも最も豪華な滞在型IRゾートホテル、ザ・ヴェネチアン・マカオ・リゾート。
南裕美は派手なビキニ姿で、シャンパングラスを片手にプールサイドでくつろいでいた。
裕美の傍らに、鍛えあげられた肉体を持つ水着の男が近づいた。
「南さん、なかなか優雅な生活をしているようだね」
「黒木さん!どうしてこんなところに!?そうか、仕事を終えてあなたも休暇中なのね!」
「いえ、仕事はまだ終わっていません。私はご主人のことを調査しましたが、あなたのことも調べさせてもらいました。すると、面白い事実がどんどん出てきましてね。あなたは今まで5回結婚しているが、すでに4人の夫が事故死している。今のご主人が死ねば5人目だ。そして、夫が亡くなる度、高額な保険金を手に入れている。その総額は3億円を超えているはずだ。あなたはその金で贅沢三昧の生活をしている。今日もホテルのカジノで3百万円ほど散財したのではありませんか?ご主人が1日千円の小遣いで慎ましい生活をしているというのにね!」
「そんなこと、あなたには関係ないことでしょう!仕事が終わっていないのなら、早く日本に帰って主人を片付けて!」
「残念ながら、今回は事故死するのはご主人ではなく、奥さん、あなたの方ですよ」
「何をバカなことを言ってるの!私が依頼人なのよ!」
「私は融通のきかない昔ながらの人間でしてね。自分が納得のできない仕事はお断りしているんです。奥さんが今飲んでいるシャンパンには、ある薬を仕込みました。まもなくあなたは心臓発作を起こします」
「!!!!」
10分後、プールで溺れている婦人が発見された。まもなく救急隊が駆けつけたが、助からなかったようだ。


黒木はプールサイドのバーでカクテルを飲みながら、携帯で日本に電話をかけた。
「南さんですか。マカオで奥さんはお亡くなりになりました。お気の毒です」
「そうですか。どうも、お手数をおかけしました」
「今回の報酬は1千万円です。よろしくお願いします」
「妻が亡くなれば、私は3億の資産を相続します。1千万くらい、何てことはないですよ」

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