滝本秀隆 短編小説シリーズ 第8作「少女と車泥棒」

少女と車泥棒

大阪・S市にあるS浜シーサイドステージは映画館、スーパー銭湯、パチンコ屋などが並ぶ大型複合娯楽施設だ。広大な駐車場は、2千台の収容台数を誇る。
 駐車されているシルバーのレンジローバーに、ひとりの男が近づいた。ポケットから小さな道具を取り出すと、鍵穴に差し込みわずか30秒ほどでドアを開け、車に乗り込んだ。さらに特殊な装置を使ってエンジンをかけると、静かに車をスタートさせた。
「レンジローバー・スポーツか。確かに値段が高いだけに、いい車だ」男は運転しながら独りごちた。
 そして、室内のミラーをのぞくと、女の子の顔が真ん中にあった。
「わあ!!」男は幽霊でも見たようなリアクションでのけぞった。
「おっちゃん、だれ?」5歳くらいの女の子が言った。
「ビックリしたなあ! ずっと車に乗ってたんか?」
「さっきまで寝てた。お母さんはどこ?」
「お母さんはパチンコしてるんとちゃうか?」
「ふ〜ん。わたしは誘拐されたん?」
「誘拐! アホなこと言うな。おっちゃんは、車泥棒や! お嬢さんはおまけみたいなもんや」
「わたしはおまけなん」
「しかし、困ったな。誘拐ではない証拠に、子供は返さなあかん。警察に届ける訳にもいかんし」
「おっちゃん、おしっこ。おなかもへった」
「トイレに飯か」
「おっちゃん、そこにイオンがあるから行って!」
「よう知ってるなぁ」
 男は子供に言われるまま、イオンの駐車場へ入った。
 子供をトイレに連れて行き、フードコートをうろついた。
「何食べたいんや?」
「たこ焼きとアイスクリーム」
「同時に食べられへんやろ。アイスは、たこ焼きを食べてからや」
 男は、たこ焼きと自分の分は焼きそばを注文した。
 子供と一緒に食事をしながら、男はどうやって子供を親に返そうかと考えていた。モールの中で迷子になる子供は多い。このまま自分が居なくなっても、子供はモールの係員に保護され、無事親の元に返されることだろう。
「食べとってな。おっちゃんはトイレに行って来るから」

 男はトイレに行くふりをして、駐車場へ向かった。モールの駐車場はだだっ広いので、駐車した場所の記号を覚えていた。確かに車を停めた場所に来たのだが・・・車がなかった。
「どういうことだ!?」 
 じきに男は車がない理由に気づいた。盗まれたのだ。ドアロックも掛けていないので、盗難は楽だっただろう。
「おっちゃん! わたしを置いていったらあかんやん!」
 子供が腕組みして、男の前に立ち塞がった。よくこの場所を覚えていたものだ。
「ごめん、ごめん。車に忘れ物をして、取りに来たんや。そしたら、車がないんや!」
「なんで車がなくなったん?」
「車泥棒に取られたみたいやな」
「車泥棒が車泥棒に盗まれたんやね」
「なんか、落語のネタみたいになってきたな。しゃーない、電車で帰ろか。お嬢さんの家はどこや?」
 モールは地下鉄御堂筋線のK駅に隣接していた。子供はあまり電車に乗る機会がないのか、地下鉄に乗るとすごく喜んでいる。
 N駅に着いた。改札周辺に数名の警官が張り込んでいる。これはマズい! と思った時、子供が大声で叫んだ。
「おまわりさん! わたし誘拐されたの!」
 警官達が一斉に振り向いた。男が逃げようとした瞬間、更に子供が叫んだ。
「でも、このおっちゃんが助けてくれたの!」

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