滝本秀隆 短編小説シリーズ 第3作「コロと蒼太」

コロと蒼太
「わぁ~ん!コロが、死んじゃった!」
 息子がとても可愛いがっていた、我が家の愛犬が死んだ。
「蒼太、命あるものはいつかは死ぬ運命なんだ。犬も人間もね」

 4歳の息子があまりにも悲しむので、次の日私はペットショップに犬を買いに行った。
ペットショップでは、本物の犬も売っているが、売り場の大半はAIロボットだ。何しろ、犬にしても猫にしても、AIロボットなら本物の5分の1の価格で買えるのだ。ロボットの方売れるのも無理はない。

 2038年。日本では依然としてペットブームが続いていた。しかし、飼われているペットは20年前とはずいぶん様相が違っていた。
 犬、猫に関しては、AIロボット犬が400万頭、本物犬が100万頭、AIロボット猫が500万匹、本物猫が120万匹と、いずれも飼われている数は本物よりロボットの方が4倍ほど多かった。
 高齢者が多くなり、散歩させたり餌の世話の必要のないロボットペットの需要が飛躍に高まったのだ。AIロボットペットの見た目や鳴き声、しぐさ、行動などが極めて本物に近づいたことも人気が高い要因となった。

「わぁ、コロだ!」
 私が買ってきたロボット犬に息子は抱きついた。死んだ愛犬と同じ柴犬で、毛の色もきさも同じ。息子が死んだコロと間違えてもおかしくはない。
「蒼太、今度のコロは、ロボットなんだ。だから餌は食べない。だけど、散歩したり遊だりしたら喜ぶから、ちゃんと世話するんだぞ!」 
「分かった!お父さん、ありがとう!コロ、遊びに行こう!」

 私の職業は、作曲家だ。2038年の現在、単純労働や肉体労働、事務作業や販売員など、ほとんどの仕事はAIロボットにとって変わった。私のようなクリエイターや技術者、医師、職人など、特定の仕事以外の人間はお払い箱になったのだ。
 技術の進歩は、必ずしも全ての人間を幸せにするとは限らないのである。

 私の仕事は在宅ワークだ。だから、仕事の合間に息子と遊ぶこともできる。妻も同で、職業はプログラマー。家庭で仕事と家事の両方をこなしている。
 私は仕事が一区切りついたので、息子を呼んだ。
「蒼太、今日はお父さんと何の勉強をする?あいうえおの勉強か、数字の勉強か、それともピアノを弾く?」
「あいうえおがいい」
「よし、じゃあ、お父さんが字を書いていくから、蒼太もそれを見て書くんだよ」
「わかった!」
 4歳の子供の吸収力はすごい。どんなことでも乾いたスポンジが水を吸うように、どんどん覚えていく。まるで空き容量の多い新品のパソコンのようだ。
「お父さん、あ、とお、は似てるね」
「うん、ね、とわ、も似ているから間違えないように書くんだよ」
 息子は夢中になって字を書いている。字を覚えることも遊びも、子供にとって区別はないのだ。 

 4年前、私達は都心から離れた郊外のニュータウンに引っ越した。50年前は賑やかだったニュータウンは、今どこも過疎化が進んでいる。少子化、高齢化と共に、駅から遠い不便な住宅地は嫌われ、空き家だらけのニュータウンならぬオールドタウンになっているだ。

 不人気の分、格安で買った一軒家を完全リフォームし、私は仕事柄楽器を使うので、仕事場は完全防音室に改装した。夫婦共自宅ワークなので、ネット環境さえ整えば、立地の不便さは関係無い。食料品も含めて買い物のほとんどはネット通販で事足りるのだ。

 郊外に住んで、良いこともある。都心より空気はいいし、自然も満喫できる。
 その日は、私と蒼太、コロの、ふたりと1匹で近くの山へ虫取りに行った。昔と違い、最近は虫の数も激減している。特にトンボの姿は、全く見なくなった。いったいどこに行ってしまったのだろう。
「お父さん、バッタを見つけたよ!」
「よし、捕まえよう!」
 私は虫取り網で素早くバッタを捕まえた。
「やった!捕まえた」
 息子は虫取り網からバッタを取り出し、かごに入れた。最近は、虫が恐いといって触ことができない子供が増えているが、その点蒼太は全然恐がらない。そういうところも、私は郊外に引っ越して良かったと思っている。
 ルルルル・・・腕時計型携帯電話が鳴った。某有名プロデューサーからだ。私は、蒼太にあまり遠くに行かないように、と声を掛け電話に出た。要件は、新たな仕事の依頼だった。
込み入った話に意外と話時間が長くなってしまった。
「蒼太!どこに行った!」
 近く姿が見えず、私は探し回った。
「コロ!どこだ!」
 かなりの時間山の中を探したが、なかなか見つからなかった。警察に捜索を頼もうか、と思った時、コロが山の上から走ってきた。
「コロ、蒼太はどこだ?」
「ワン、ワン、」吠えながら、コロは私を蒼太のもとへ案内してくれるようだ。
コロはどんどん山の上に登って行く。途中で止まると、また吠えた。
「この辺にいるのか?蒼太!」
姿は見えず、周りを探すと、「お父さん」という小さな声が聞こえた。声の方に近づくと、茂みに覆われた縦穴が現れた。穴の中に蒼太は落ちたのだった。
「蒼太!大丈夫か?すぐに助けに行くからな!」

 1時間後、救急レスキュー隊によって、蒼太は救出された。この事件以来、蒼太とコロはより親密になり、強い絆で結ばれるようになった。コロはロボットだが、学習能力が高く、頭がいい。蒼太が落ち込んでいたら、慰めるような態度で接し、蒼太が楽しそうにしていたら、コロも一緒に楽しむ。蒼太にとって、コロは心を許した友達だった。

 天気の良いある日、自宅近くの公園で私と蒼太、そしてコロはフリスビーで遊んでいた。
本物の柴犬なら、飛んでくるフリスビーをジャンプして空中でキャッチする、という芸当はなかなか出来ない。しかし、ロボット犬のコロは、抜群の運動神経でどこから飛んで来たフリスビーでも上手く捕らえた。
 私の投げたフリスビーは、風に乗って公園の外まで飛んでしまった。それでもコロはフリスビーを追いかけた。蒼太もコロの後を追いかけた。
 公園の外には、一般の車も往来する道路がある。住宅の中を走行する車は、制限速度30キロと決められている。しかし、その車は制限速度をはるかに越えたスピードでこちらに向かってきた。
「蒼太、危ない!」
 私が叫んだ時には、車のブレーキ音と同時にドン!と鈍い音が聞こえた。車に跳ねられ、宙に舞う姿が見えた。
「蒼太!」
 私は、地面に叩きつけられた息子に駆け寄った。コロが息子の周りを尻尾を振って走り回っている。息子を跳ねた車から、若者が降りてきた。
「すみません、ブレーキが間に合わなくて」
「蒼太、大丈夫か!」私は息子に声をかけながら様子を見た。
「すぐに救急車を呼びます」
 若者が言ったが、私は制した。
「その必要はありません。息子はロボットなのです」

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